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■証言 村田只四さん=当時、支部幹事
昭和29年9月、池田先生を迎えて第1回の大阪での御書講義が行われました。午前と午後、ぶっとおしで研鑽しました。
忘れられない御書の一節があります。「日蓮は・なかねども・此のなみだ世間の事には非ず但偏に法華経の故なり」(1361頁)
「御本尊のため、広宣流布のため、涙を流すような真剣さ、誠実さで戦うのです。そして創価学会員として、生ききっていくのです。」
あの先生の気迫。全身が震えるようでした。
31年の大阪の戦いでは、新入会の方が、増えて、増えて面倒を見る幹部がどうしようもなく不足しました。
そのなかで、班長、地区部長などに育ち、中核となって組織を支えたのは、29年、30年と続いた先生の御書講義を受講した人たちでした。(2003年1月 大白蓮華 企画 KANSAI 大阪の戦い 上)
担当がいなくなった今、自分が組織を支え、新リーダーを育てていく。