若き青春の友に贈る 君よ! 尊き人生を勝ち抜け! 山本 伸一


私の願望は──
若き君たちが
最後の一日まで
尊き信念の人生を
朗らかな人生を
総仕上げの人生を
生き切ってもらいたいのだ。

生命は
永遠に流転し
進みゆくものだ。
生命は不滅である。
ゆえに
「心こそ大切なれ」と
大聖哲は結論なされた。

誠実に使命の人生を
生き抜いた人は
最高の幸福の城を
与えられるものだ。
負けてはならない!
断じて
勝ってゆくのだ!

晴ればれと
 君も成人
   いざや立て
 この世の人生.
   勝利の王者と

新しき歴史を開くのは
青年の熱と力だ。
若きアレキサンダー
二十歳で
マケドニアの王に即位した。
そして希望を携え
東西の世界を融合し
新しき文化を創造しゆく
遠征を開始していった。

幸運にも
二十歳にして
戸田城聖先生のもとで
法華経講義を受講した私は
その感動を記し留めた。

「戸田先生こそ
 人類の師ならん」
「人類に必ずや
 最高の幸福を与えんと
 邁進なされ行く大信念
 そして正義の
 何ものをも焼くが如き情熱」

「混濁の世 社会と人を
浄化せしむる者は誰ぞ
学会の使命重大なり
学会の前進のみ
それを決せん」

「若人よ
大哲理を抱きて戦え
われ弱冠二十にして
最高に栄光ある青春の
生きゆく道を知る」

以来 六十星霜──
この平和と文化と教育の
大遠征は
人類を結び合い
世界百九十の国土に
人間主義の連帯を広げた。

そして今
いかなる宿縁なるか
この年 この時に
使命の大地より
勇み躍り出でた
青春の君たちよ!

この「一月十五日」は
後継の中等部が
結成された記念日だ。
その意義を込めて
中等部員の英才たちが
“心に響く言葉”を
贈ってくれた。
自分たちで
「英知の太陽」と掲げて
好きな蔵言を
抜き書きして
届けてくれたのだ。

せっかくの真心であるから
その中から
ご紹介させていただきたい。

まず太宰治の名著
走れメロス』の一文である。
「友と友の間の信実は、
 この世でいちばん
 誇るべき宝なのだ」

その通りだ!
私も世界中に
信実の友情を結んできた。
一流の人格は
絶対に友人を裏切らない。
この「メロスの道」に
誇り高く続くのは
君たちである。

さらにホール・ケイン作
『永遠の都』の一節も
引かれていた。
「世論こそ
 最高に強力な武器である」

正義の世論を
沸騰させゆくことこそ
青年の使命であり
責任であるのだ。

そして わが友
サッカーの王者
バッジョ選手の言葉も
選ばれていた。
「勝利は
 苦しみを通じてのみ
 得ることができる。
 苦しみを
 通り抜けない勝利はない」

そうだ!
仏法でも
「煩悩即菩提」と説かれる。
大きく悩んだ分だけ
大きく境涯が開かれる。
大きな苦労が
大きな栄光をもたらすのだ。

あの熱原の法難では
若き南条時光
蓮祖の仰せのままに
師子王の心を出して
勇敢に戦い切った。
それは
時光が二十歳の頃の
大闘争であった。

その時光に
贈られた御聖訓には
「とにかくに
 法華経に身をまかせ
 信ぜさせ給へ、
 殿一人にかぎるべからず・
 信心をすすめ給いて
 過去の父母等をすくわせ給へ」

「願くは我が弟子等・
 大願ををこせ」
「をなじくは・かりにも
 法華経のゆへに命をすてよ、
 つゆ(露)を大海にあつらへ・
 ちり(塵)を大地に
 うづむとをもへ」と。

わが師・戸田先生は
二十歳の年に
牧口先生にお仕えしてより
弾圧の獄中まで
お供し抜いたことを
人生最大の喜びとし
誉れとなされた。
私もまた不二の心で
戸田先生を
お護りし抜いた。

初代の牧口先生と
二代の戸田先生は
二十九歳の年の開きがあった。
そして
二代の戸田先生と
三代の私の年齢差は
二十八歳である。

ゆえに
初代の牧口先生と
三代の私の年齢の差は
五十七歳となる。

不思議にも
私から見て
三代目に当たる世代が
今の青年部の
君たちなのである。

今年の成人式を祝して
イギリスの麗しき大城
タプロー・コートに
マロニエの木」が
おごそかに植樹された。

今は小さな苗木であるが
やがて
高さ二十五メートルにも及ぶ
堂々たる大樹に育ちゆくのだ。

マロニエと言えば
紅の花や白き花を
清らかに咲き薫らせ
パリの並木道など
欧州の各地を彩る。

童話作家アンデルセン
マロ二エの小さな苗木が
育ちゆく物語を著した。
儚い栄華を求めるな!
陽光を浴び
時には嵐にも揺られながら
マロニエの如く
強く大きく育て! と。

マロニエには
「天才」「天分」という
花言葉がある。
「天才」とは
「努力」の異名である。
君よ!
努力で勝て!
忍耐で勝て!
最後に
大樹と聳え立て!

「大きなことであれ
 小さなことであれ
 君が行う仕事を
 丹念にしなさい」
これは
韓国の大思想家
安昌浩(アンチャンホ)先生の励ましである。

あのマリー・キュリー
二十歳の頃
親元を離れて
貧しい家計を支えていた。
懸命に働きながら
真剣に学び抜いた。

厳しい苦境の日々の中で
彼女は記している。
「つらい日々もありました。
 つらい記憶を
 唯一やわらげてくれるのは、
 自分が
 どんなときも正直に、
 胸を張って生きてきた
 という事実です」

彼女は苦難に屈せず
自分自身の若き命を
強く鍛えていった。
その粘り強い鍛錬こそが
人間として
女性として
大科学者として
崇高な使命を果たしゆく
揺るぎなき基盤となったのだ。

一八二二年
フランスのビクトル・ユゴー
初の詩集を発表したのは
二十歳の時であった。

ユゴーは叫んだ。
「思想は
 権利以上のものです。
 人間の息吹でさえあります。
 思想の邪魔をすることは
 人間そのものを
 害することになる」

若くして
世界第一の思想を
探究し 実践しゆく
君たちこそ
世界第一の青春の
帝王なのである。

御聖訓に
「持たるる法だに
 第一ならば
 持つ人随って
 第一なるべし」と
仰せの通りである。

古代ギリシャの哲学者
アリストテレスは戒めた。
「愚者に
 権力を渡すな」

だからこそ
賢き青年が
勇敢に声をあげていくのだ。
傲慢な輩を正していくのだ。

アメリカの民衆詩人
ホイットマンは歌った。
「大統領に対する
 民衆の脱帽ではなくて、
 民衆に対する
 大統領からの脱帽」

その民衆の味方となり
庶民の友となり
人間の英雄となって
君よ!
明るく快活に
生き抜き給え!

かの巨人ゲーテは洞察した。
「人間の魂は
 水に似ている──
 天より来
 天に登り
 また下っては
 地に帰る
 永遠に変転しながら」

君よ!
不幸の道を歩むな!
君の目には
光があるはずだ。
善と悪
正と邪を
見極めてゆける
智慧があるはずだ。
信念があるはずだ。

勝利を約束しゆく
君の正義の人生には
不滅の光が
山から山へ
海から海へ
大空から大宇宙へと
永遠に諸天善神として
見つめ護ってくれるのだ。

さあ
君よ征け!
休んではならぬ。
胸を張り
勝利のために頑張るのだ。

尊き青春である。
かけがえのない人生だ。
君よ!
断固と勝ち抜け!
断じて
喜びの勝利者
なりゆくのだ。
 


 二〇〇八年一月十四日 朝 「成人の日」を記念して

      桂冠詩人
      世界桂冠詩人
      世界民衆詩人

 「桂冠詩人」「世界桂冠詩人」「世界民衆詩人」は、池田名誉会長の詩歌創作を讃え贈られた称号。日本人で初となった「桂冠詩人」の称号は、1981年、世界芸術文化アカデミーから。
 「世界桂冠詩人」賞(95年)と「世界民衆詩人」称号(2007年)は、ともに第1号の受章で、インドに本部がある世界詩歌協会から贈られた。三つの称号を贈られた詩人は、世界でも、名誉会長ただ一人である。
 ※『永遠の都』の一節は新庄哲夫沢。マリー・キュリーの言葉は河野万里子訳。ユゴーの言葉は稲垣直樹訳。アリストテレスの言葉は藤井義夫訳。ホイットマンの言葉は岡地嶺訳。ゲーテの言葉は山口四郎訳。