第29回「SGIの日」記念提言(上)



◆◆◆内なる精神革命の万波を

◆◆◆"足下を掘れ、そこに泉あり"
――ハード・パワーの限界見据えた 平和構築の道を――
◆◆◆「生老病死」は卓越した文明観

創価学会インタナショナル会長 池田大作
 第29回「SGIの日」を記念し、私の所感を述べ、世界平和への模索の一
端として提起してみたいと思います。
 21世紀に入って国際社会は、新しい脅威の台頭とその対応をめぐって、激
震が続いています。
 3年前のアメリカでの「同時多発テロ事件」以来、多くの一般市民を巻き込
んだ無差別テロが各地で続発する一方で、核兵器化学兵器などの大量破壊兵
器の拡散に対する懸念が高まり、とくに昨年はイラク大量破壊兵器の査察問
題が大きな焦点となりました。

イラク問題が提起した難題
 12年間にわたって、国連の安全保障理事会による数々の決議を誠実に順守
してこなかったイラクヘの軍事力行使の是非について、国際社会の意見が分か
れる中で、3月、米英両国が最終的に攻撃に踏み切りました。
 圧倒的な軍事力を背景に、21日間の戦闘でフセイン政権の崩壊をみたわけ
ですが、その後、イラクを占領統治するアメリカや関係国、さらには国連を標
的にしたテロや襲撃事件が相次いでおり、イラク復興や中東地域の安定に暗い
影を落としています。
 同様の混迷は、3年前、テロ組織「アルカイーダ」の掃討のために、軍事力
が行使されたアフガニスタンにおいても見られます。
 今月、ようやく憲法が採択されたものの、依然、旧タリバン勢力によるとみ
られるテロが続くなど治安の悪化が懸念されています。
 こうした状況は、新しい脅威を看過(かんか)したり、放置しないためには
国際社会の強い意志と行動が必要とされるものの、軍事力に重きを置いたアプ
ローチだけでは問題の根本的解決を図ることが容易ではないことを、物語って
いるように思われます。
 このイラクアフガニスタンの復興問題に加えて、世界で今、大きな焦点と
なっているのがイスラエルパレスチナ間の和平問題であり、北朝鮮の核開発
問題です。
 いずれも先行き不透明な状況にありますが、こうした戦乱や対立が続く時代
の暗雲(あんうん)の厚さとともに、深刻さを帯びているのは、世界の多くの
人々が抱き始めている思い――すなわち、次々と問題が起こり、軍事力などの
強制的な力によって事態の打開が試みられるものの、平和への確かな光明が一
向に見いだせないことに対する不安感であり、焦燥感、そして何よりも閉塞感
(へいそくかん)ではないでしょうか。

■対症療法でなく抜本療法の道を
 たしかに、軍事力に象徴されるハード・パワーの行使によって、一時的に事
態の打開を図ることはできるかもしれない。しかしそれは、対症療法的な性格
が強く、かえって"憎しみの種子"を紛争地域に残し、事態を膠着化(こうち
ゃくか)させかねないことは、多くの識者の憂慮するところであり、事実、そ
うした状況は、いたるところに顕在化しております。
 私が過去2回の提言で繰り返し、軍事力などのハード・パワーが"憎悪と報
復の連鎖"に陥ることなく、何らかの効果を生むためには、それを保持し行使
する側に徹底した「自己規律」「自制心」のはたらきが欠かせないと訴え、ソ
フト・パワーを含めた形で国際社会が足並みを揃えて対処していくことの重要
性を呼びかけたのも、そうした強い懸念に基づくものでした。
 つまりそうした行為の裏付けとして、文明を文明たらしめる証としての、「他
者への眼差し」に基づいた「自己規律」の精神がなければ、そこに説得性は生
まれず、平和と安定に結びつくことは難しいからです。
 イラクヘの軍事力行使の是非をめぐる国際社会の亀裂は今なお尾を引いてい
ますが、そこでの教訓を各国が真摯(しんし)に踏まえながら、対症療法の域
を超えて、抜本療法のために何が要請されるのかをともに模索し、建設的な対
話を重ねていくことが、何にもまして求められているのではないでしょうか。
 すなわち、テロとの戦いという極めて今日的な"非対称戦"の泥沼化を防ぎ、
なにがしかの実効を期するためには、テロリストの側からの自制が望み得べく
もない以上、それと対峙(たいじ)する側に、ハード・パワーの行使にもまし
て、相手の立場をおもんばかる自制心を堅持しつつ、貧困や差別などテロリズ
ムの温床に思い切ってメスを入れていく勇気ある度量が欠かせないからです。
それが、文明の証ではないでしょうか。
 そうでなくて、いくら「自由」や「民主主義」を、文明の果実である普遍的
理念として言挙(ことあ)げしてみても、"人のふり見て、わがふり直す"自
制心に発する呼びかけ、メッセージに裏打ちされていなければ、そして、「無
理やり従わせるのではなく、味方にする力」
ハーバード大学ケネディスクールのジョセフ・ナイ院長)であるソフト・パ
ワーの「かたち」として民衆の心に届いていなければ、内実を伴わない空しい
スローガンに終わってしまう――そうした懸念を、どうしても払拭(ふっしょ
く)することはできないのであります。
 そこで今回、私はそうした事態への政治的、軍事的対応(その基本的スタン
スについては、昨年、一昨年の提言で述べました)とは次元を異(こと)にし
て、迂遠(うえん)なようでも、テロと武力報復の果てしなき応酬に象徴され
る荒涼たる時代の閉塞状況、時代精神腐蝕せる根の部分に、私なりにメスを
入れてみたい。


◆◆"他者への眼差し"に基づく《自己規律》
 今までも若干触れてはきましたが、ひょっとすると、人間が人間であること
の深部に、表層部分ではなく深層部分に、ある種の根腐れ現象が進行しつつあ
るのではないか。そしてその部分を切開しない限り、閉塞状況に本当の風穴(か
ざあな)を開けていくことはできない容易ならぬ事態に直面しているのではな
いか。
 これは、晩年の釈尊が「自帰依」(じきえ=自らを拠り所にすること)と強
調し、ソクラテスが「汝自身を知れ」と留言したように、人類が「他者」の鏡
に照らして「自己」を意識し、自覚しだして以来の、いわば人類の精神史的課
題ですが、本稿(ほんこう)は、そのような大上段のテーマに論及する場では
ありません。
 そこで、視線をグローバルな地平から足元へ移し、現代日本の差し迫った課
題である教育問題に引き寄せて論じてみたいと思います。

■『自由と規律』が訴えかけたもの
 教育ということに関連して、青春時代の読書の思い出を一つ、回顧的(かい
こてき)に振り返ってみたい。
 私の青春といえば、いうまでもなく、終戦をはさんで時代が急激に変化し、
価値観が一朝にして百八十度転換した混乱期でした。戦争中の暗い時代、苛酷
な圧政、戦火からの解放感もあって、占領軍によってもたらされた「自由」や
「民主主義」という言葉は、今とは比較にならぬほど新鮮で、光り輝いていま
した。
 そうした風潮の中で手にした一冊に、当時、慶應大学の教授をされていた池
田潔氏が著した、岩波新書の『自由と規律』があります。
 第2次世界大戦が始まる前、氏が、イギリスのパブリック・スクールとケン
ブリッジ大学に8年間、ドイツのハイデルベルグ大学に3年間学んだ経験をベ
ースに、民主主義を支えるに足る自由というものは、青年期とくにパブリック・
スクールの年代(12・13歳?18・19歳)における厳しい人格の陶冶(と
うや)、鍛えなくしてありえないこと、もしそれを欠けば、自由は勝手気まま
な放縦(ほうじゅう)に堕してしまうであろうことを生き生きと描き出したも
のです。
 もとより、そこには、この民主主義の母国の政体を支えていた暗部――民族
的、階級的差別あるいは植民地からの収奪といった"負"の側面は語られてい
ません。とはいえ、反軍国主義、反ファシズムの圧倒的な潮流にあって、「自
由」や「民主主義」という言葉は、日々の糧(かて)さえ事欠くなか、明るい
未来を約束する希望の星のような輝きを帯びていました。
 それだけに『自由と規律』には、アングロ・サクソン流民主主義のエッセン
スが凝縮されているような新鮮さを覚えたことを記憶しています。
 書中(しょちゅう)、こんな印象深いエピソードが紹介されております。
 「ドイツのフランクフルト市の警察犬を訓練する専門技師の話をきいたこと
がある。気分が秀(すぐ)れなかったり何か気懸(きがか)りなことのあるよ
うな日には、自分は訓練を休むことにしている。そのような時には、何かのは
ずみで訓練中、こちらがほんとうに怒ってしまうことがある。訓練過程にあっ
ては、犬を叱ることは必要だし、鞭を使ったり、時によっては足で蹴らねばな
らない場合さえある。しかしただの一度でもこちらがほんとうに怒ってしまっ
たら、もうその犬の訓練はおしまいである。犬がこちらを軽蔑するからである。
軽蔑する人間の訓練など、犬でさえ受けつけるものではない」と。
 専門技師にとっては、訓練する相手は、ある意味で自分を映す鏡であり、か
けがえのないパートナーといえます。
 氏は、これを人格同士の陶冶、訓育の場である教育になぞらえ、「三年近い
ドイツの留学で鈍才の学び得たことといえばこの一事(いちじ)しかない」と
まで言い切っております。
 味わい深い言葉であります。なぜこのエピソードを鮮明に記憶しているかと
いうと、この専門技師にとって警察犬とは、自分の意のままにならない、自由
(好き勝手)にコントロールすることのできない、したたかな抵抗感を示す「他
者」として、まがうかたのない実在感を有しているからであります。
 「他者」があるから「自己」があり、「他者」や外部の抵抗、壁を意識する
からこそ、自制心がはたらく。したがってセルフ・コントロールの危うい時に
は、訓練を差し控えざるをえない。
 周囲を見回してみれば、身につまされる話ではないでしょうか。
 自らの精神の張り、緊張感、己を律する心なくしては、「他者」と付き合っ
ていくことはできない。その緊張感なかりせば、たちまち、その軽蔑をかい、
警察犬は専門技師にとって、「他者」であることを止める。「他者」が視界か
ら消え失せ、それに連なって「自己」の存立(そんりつ)さえ怪しくなってし
まい、当然の帰結として訓練の実(じつ)は上がるはずはありません。
 こうした事情は、人間同士の場合、幾層倍もデリケートな問題として立ち現
れてくるでしょう。著者は、「二十年近く教壇に立っていて、未だにこのよう
な判り切った理窟(りくつ)が身につかない」と嘆いていますが、優れた教育
者ならではの正直かつ率直な告白であると思います。

■教育力の低下と「家(うち)のなか主義」
 この本が上梓(じょうし)されてから半世紀余り経ちますが、翻(ひるがえ)
って今日、青少年をめぐる状況――学校教育に限らず家庭教育、社会教育を含
む広い意味での教育の世界に、果たして、名物教授・池田潔氏が提示したよう
な健全かつ健康な緊張感、"張ったもの"が保たれているでしょうか。
 従来の常識を逸脱した一部の若者たちの行状(ぎょうじょう)が世のひんし
ゅくを買い始めて久しくなりますが、そうした現象は、社会全般の教育力が衰
弱し、「自己」と「他者」との対峙が生む精神の"張り"とはおよそ無縁の"弛
緩(しかん)したもの"が瀰漫(びまん)していることを告げる、(危険性を
予知、警告する)"坑道(こうどう)のカナリア"ではないでしょうか。
 一頃(ひところ)、「戦後日本の二大名物は子どもの猫可愛がりと観光地の
紙クズ」と揶揄(やゆ)されました。人間や自然と厳しく向き合うことを素通
りしてきた、戦後の民主主義の下(もと)での弛緩状況を言い当てています。
人格というものは、『自由と規律』が語っているように、「自己」と「(自然
環境を含む)他者」との触れ合い、撃ち合いが生む緊張感のなかでのみ鍛え上
げられるという自明の理は、時とともに、豊かさが増すほどに蔑(ないがし)
ろにされてきたように思えてなりません。
 「自己」と「他者」、「私的なもの」と「公的なもの」の区別ができず、私
的空間に閉じこもるか、本来、公的空間であるはずの場でも平気で私的流儀を
押し通す昨今の若者たちの姿を、正高信男氏(京都大学教授)は「家のなか主
義」と名付けています。
 どこにいても「家のなか」にいるのと何ら変わらない甘えに甘んじていては、
「他者」を意識することによってのみ形成される「自己規律」のかたちである
公徳心や最低限のマナー、緊張感など身に付くはずがない。それらは、努めて
そうするよう意志し続けることによってのみ、手にすることができるからであ
ります。
 しかし、抵抗感のない、本当の「他者」の手応(てごた)えを欠いたのっぺ
らぼうでフラットな社会が、自由なようであってそうではなく、どこか息のつ
まるような生きにくい社会であること、作詞家の阿久悠氏が、いみじくも「何
でもありの、何でもなし」と評したような、何不自由ないようで常時何かの欲
求不満に取り付かれている閉塞状況以外の何ものでもないことに、人々は、う
すうす気付き始めているように思います。

■受け継がれなくなった社会習慣
 ある知人のジャーナリストが、こんな話をしていました。
 ――本年の『イミダス』(集英社)の別冊付録の一つが「こんなときどうす
る?最新マナー55」という小冊子で、文字通り、箸の上げ下げから始まり、
冠婚葬祭の際のエチケットまで、様々な礼儀作法のノウハウがコンパクトに収
録されている。この種の「年鑑」の付録の多くは、本体の中身を補完(ほかん)
するような性格のものが常なのに、異例であり、時代が何を求めているかの一
つの象徴ではないか、と。
 確かにそれらのノウハウの多くは、一昔前までは、家庭や地域社会のなかで
自然に身に付いていったものであり、それがこと改めて取り上げられるという
ことも一つの社会現象でしょう。
 さて、私がなぜ教育荒廃のような身近な問題に論及(ろんきゅう)してきた
かといえば、そうした状況が露(あら)わにする矛盾、病理は、暴力の連鎖が
終息の気配さえ見せない現代文明という大状況の病根と深く通底(つうてい)
していると信ずるからであります。
 小状況であると大状況であるとを問わず、「他者」を見失ってしまえば、人
情不感症というか、周囲の人々、物事への徹底した無関心やシニシズム(冷笑
主義)に象徴される生命感覚の鈍磨(どんま)、麻痺(まひ)にまで到りつい
てしまう。
 そうした病理は、青少年の心の闇から、私が一昨年のこの提言で、「味方の
人的損失が限りなくゼロに近いのに、相手には甚大な被害を与え、しかもその
規模さえ定かでないというような状況が、人間の生き死にという根本事(こん
ぽんじ)への不感症を亢進(こうしん)させる」と警告した、現代ハイテク戦
争の病理へと、確かに地続きを成しているはずです。
 イラクに自由と民主主義をもたらそうとするアメリカの試みは、試行錯誤と
いうよりも苦戦続きを強(し)いられているようです。果たして西欧社会とは
異なる宗教的理念に基づく倫理観、価値観をもつイスラム社会の人々にとって、
それらの普遍的理念がいかなる意味、魅力を持つのかという類いの問い返しは、
慎重になされたでしょうか。「他者」感覚は十二分にはたらいたでしょうか。
すべて、小状況から通底している大ーマなはずです。
 ゆえに、衣ず身近な、できることから"一歩"を踏み出していきたいと思い
ます。先に「迂遠(うえん)」と申しましたが、それが文明の軌道修正という
大事業への実践的直道(じきどう)かもしれないのです。

■家庭から始まる「平和の文化」
 私どもは、昨年3月、国連のチョウドリ事務次長を創価大学創価女子短大
の卒業式にお迎えし、学窓からの旅立ちを世界平和への旅立ちと重ね合わせて、
心のこもる祝辞をいただきました。
 その事務次長が、本年初頭、私あてに新年のメッセージを寄せてくださった
のですが、注目すべきはその中で、世界平和に取り組む上での「家庭」や「家
族」の役割が、ことのほか強調されていることです。
 いわく、「社会と積極的にかかわる家庭からは、自立し創造力のある、困難
に立ち向かうことのできる人間が育ちます。『平和の文化』のメッセージと、
寛容・相互理解・多様性の尊重の価値が、家庭で幼少期から教えられるなら、
数十年先の世界においては、対立と暴力の蔓延(まんえん)する今日の社会は、
大きく変化するはずです」と。
 国連というグローバルな立場から平和のために汗を流している人の言だけに、
千鈞の重みをもっております。
 世界情勢が混迷を深めれば深めるほど、ハード・パワーによる応急措置とと
もに、魂の次元にまで届くソフト・パワーによる精神土壌の開拓がなされなけ
れば、恒久平和に一歩も近づけるものではない。その開拓作業の不可欠の場が、
家庭や家族という小さな、原初(げんしょ)の共同体である、との認識に達し
ておられるのだと思います。
 たしかに、口惜(くちお)しくも殉職された外務省の奥克彦大使が「イラク
便り」の中で、事態の深刻さを嘆きながらも、「でも救いはあります。それは
子供連の輝く目です」「イラクの子供連のきらきらした目を見ていると、この
国の将来はきっとうまく行く、と思えてきます」と述べているのは、まさに正
鵠を射ていると思います。
 イラクをはじめ紛争地域で、不信と憎悪の焔を燃え上がらせている大人たち
の目を見ていると絶望的な気持ちにさえ襲われるのですが、一転して子どもた
ちの輝く目に接すると、この人類史のアポリア(難問)にも、一条の光が差し
込む、の感を深くします。
 そのためにも、彼らが成育し、魂を活性化させゆく場である教育現場には、
いやましてスポットを当てていかなければならないと訴えたい。
 青年をこよなく愛した、恩師・戸田城聖第2代会長の若人への熱い呼びかけ
が想起されます。
 「衆生を愛さなくてはならぬ戦いである。しかるに、青年は、親をも愛さぬ
ような者も多いのに、どうして他人を愛せようか。その無慈悲の自分を乗り越
えて、仏の慈悲の境地を会得(えとく)する、人間革命の戦いである」と。
 衆生を愛するという仏教の極致であり、人類愛の精髄たる慈悲といっても、
親を愛するという身近な"一歩"を欠いては絵空事になってしまう。
 「足下を掘れ、そこに泉あり」といわれるように、一日一日の地道な営みの
中の"一歩"は、些細なようで、実はそこにすべてが含まれている。
 単なる肉親の情愛を超え、親が子を、子が親を、一個の人格、すなわち「他
者」と位置づけ、触れ合い、撃ち合い、互いに陶冶(とうや)し合う鍛えの持
続こそ、地についた"一歩"であり、それは「家のなか」から踵(きびす)を
めぐらし、地域社会での公徳心の発露に始まり、健全な愛国心、そして普遍的
な人類愛へと、まっすぐに歩みを向けていくはずであります。


――「生命にひそむ魔性」との対決を訴えた――
◆◆戸田第2代会長の原水爆禁止宣言

 液状化現象といっても決して言い過ぎではない昨今の時代精神の惨状、衰退
を目にしていると、平和という大問題も、そうした身近なところから捉え、再
考三考(さんこう)していく以外にない。少なくとも、それを欠いては抜本的
な手立てとはいえないのではないか、と感じられてなりません。ゆえに、私ど
もは、その次元から確たる"一歩"を踏み出していきたいと思います。
 ここで、恩師の不滅の留言であり、メッセージである「原水爆禁止宣言」に、
今一度、スポットを当ててみたい。
 1957年9月、逝去の約7ヵ月前に、病の小康状態の中で師が全生命を振
り絞って発したこの宣言は、全人類の生存権を脅(おびや)かす核兵器を"絶
対悪"と指弾(しだん)し、その廃絶に取り組む使命を「遺訓(いくん)すべ
き第一のもの」として青年たちに託したものです。
 その核心部分は、次の一文にあります。
 「核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私は
その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う。それは、もし原水爆
を、いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、
ことごとく死刑にすべきであるということを主張するものであります。なぜか
ならば、われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をお
びやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります」
 当時は、東西冷戦対立の激化に伴い、米ソをはじめ各国が核実験を繰り返し、
性能向上に躍起になっていた時代でした。
 そうした中で、師が「死刑」という表現まで用いて、青年たちに徹底した精
神闘争を呼びかけたのは、"黙示録(もくしろく)的兵器"とも呼ばれる核兵
器の悪魔性を踏まえてのものでした。
 ただしここでいう「死刑」とは字義通りの意味ではなく、真意はあくまで、
多くの人々の生命や生活を一瞬にして灰燼(かいじん)に化しても痛みを感じ
ず、すべてを自分の意のままにしようと欲する――仏法で説く「他化自在天
=注1=という生命にひそむ魔性を、根源的に断ち切る重要性を訴えることに
ありました。
 核兵器を"力による均衡"の観点から必要悪と是認する核抑止論の幻想を打
ち破り、その根にある生命軽視の思想に強い警鐘(けいしょう)を鳴らした宣
言の意義は、いささかも衰えてはいないと確信しています。

――デューイの民主主義論に脈打つ「公衆」像――
◆◆"他者の苦しみ"受け止める生命感覚
 ◎情報化社会で進む《人間のつながり》の希薄化◎

■"奥に隠された爪をもぎ取る"
 なかでも私が今日の問題に通ずる大切な視座だと考えるのは、政治や軍事的
な思考の枠組みを突き抜けて、生命という根源的な次元から「その奥に隠され
ているところの爪をもぎ取りたい」とした透徹した視線、眼力であり、眼識で
す。
 本論の文脈に引き寄せていえば、「爪をもぎ取る」とは、自らの心の中に「他
者」を復活させ、その確かな手応えを感じながら(手応えを感じず、あるいは
無視して、相手を意のままにしようとするのが「他化自在天」で、「他化」の
「他」とは、したがって私の申し上げている「他者」とは、全く異なるもので
す)、己をコントロールしゆく「自己規律の心」であり「欲望の統御」、つま
り"内面の制覇(せいは)"であるといってよい。含意(がんい)するところ
はそこにあります。であるならば、「爪をもぎ取る」という難作業は、決して
他人事ではなく、我々の身近な"一歩"に始まり、原水爆禁止という人類史的
課題にまで通底する、地続きのテーマとなってくるはずなのであります。
 産業革命以降、西欧合理主義に基づく近代文明は、欲望のおもむくままに、
自我の際限なき、表層的拡大を第1の原理として、突き進んできました。
 地球上の全民衆の「生存の権利」を担保にしてまで特定の国の優位と安全保
障を図ろうとする核兵器は、その最たる存在であり、科学技術が軍事目的と結
びついて誕生した「欲望に奉仕する文明」特有の産物ともいうことができまし
ょう。
 こうした動きに歯止めをかけるブレーキとなるものは何か。私は、それを「他
者への眼差し」だと考えます。あるいは「公徳心」「公的意識」と言い換えて
もかまいません。
 今から100年前、帝国主義植民地主義が世界を席巻(せっけん)してい
た時代にあって、牧口常三郎初代会長は、『人生地理学』の中でこうした政治
風潮を「国民的利己主義」と位置づけ、「国家は個人を離れて存在するものに
あらず、国家の目的はすなわち個人の心中を実現する欲望」と指摘した上で、
一人の人間の人生も、国家も等しく、その最終目的を「人道」に置かねばなら
ないと訴えました。
 そして、その「人道」は、自分だけでなく他者の幸福をも求めて行動する中
でこそ果たされると主張しました。
 その点、牧口初代会長がその教育思想に強い共感を抱いていた、アメリカの
思想家デューイの民主主義論の根底にある"公衆"のアイデンティティー(自
分であることの根拠)は示唆的(しさてき)です。
 デューイは「公衆とその諸問題」という論考の中で、作家のハドソンが描い
たウィルトシアのある村の情景を通し、一つの具体的なモチーフを浮かび上が
らせています。
 「それぞれの家は人間の生活の中心であり、また鳥やけだものたちの生活の
中心でもあって、しかもその中心はお互いに触れあっており、それらはちょう
ど手をつないだ子どもたちの列のように結びあっている」
 「村のはずれの小屋に住む人が手に負えない木っ端や木株(きかぶ)を切り
刻(きざ)んでいて、たまたま重く鋭いおのを足に落してしまい、大怪我をし
たと考えてみよう。もしそんなことがあれば、事故の知らせは口から口へと、
一マイルも離れた村のもう一方の端まで飛ぶように伝わることであろう。村人
たちはみんなすぐにこの事故のことを知るだけでなく、同時にこの災難にあっ
た瞬間の仲間の村人のこと、鋭く光るおのが足元に落ちてきて、傷からは赤い
血がほとばしったことをなまなましく思い浮べるだろう。そしてまた、まるで
自分の足が傷ついたように感じ、その身体に衝撃(しょうげき)が伝わるのを
感じることだろう」(『現代政治の基礎』阿部斎訳、みすず書房
 仲間の身を襲った災難を、単に事実として知るだけでなく、その痛みをわが
事のように感じ、追体験する――そのみずみずしいまでの感受性、生命感覚こ
そ、"公衆"のアイデンティティーの核心をなすものです。
 私が強い印象を受けたのは、その圧倒的な実在感、生々しいまでの生のリア
ティーです。
 そこでは、人間同士はもとより、鳥や獣などの動物たち、大地や草木にいた
るまで、互いが互いに「他者」性の輪郭(りんかく)をくっきりと刻印しなが
ら、かといって無関係では決してなく、運命共同体として緊密(きんみつ)に
結びついている。そこに参入することによって初めて、人々はアイデンティテ
ィーを獲得し、自らの生を生きかつ死んでいくことの意味づけ、共同体という
全体のなかでの個の生死の位置づけを確認することが可能となる。連想をはた
らかせれば、トルストイの作中、作者の自画像に近いとされる人物――『コサ
ック』のオレーニン、『アンナ・カレーニナ』のレーヴィンなど、都会のイン
テリゲンチアに、たまさか啓示のようにやってくる万有生命(ばんゆうせいめ
い)と合一(ごういつ)しゆく魂の高揚感(こうようかん)にも通じるもので
す。
 デューイは、「このように親密な状態があれば、国家などはくだらないもの
である」と言い切っています。
 もとよりそれは、ヴォルテールによって、「あなたの著作を読むと、ひとは
四つ足で歩きたくなる」と皮肉られた、ルソー流の"自然に帰れ"を意味しま
せん。ルソーが、そこから人民主権の社会理論を構築していったように、すべ
て"人為"を排して"自然"に帰ることなど、実際には不可能なことです。
 デューイの「公衆」にしたところで、第1次世界大戦後の、本格的な大衆の
政治参加が進む時代の「共同関心」「公的意識」のあり方を考察したものです。
すなわち、村落(そんらく)などの「小共同体」が解体していく中で形成され
た「国家」という枠組みを、「大社会」から、いかにして「(公衆を構成員と
する)大共同社会」へとメタモルフォーゼ(変容)させていくかというテーマ
ヘの取り組みであります。
 そして、デューイが明示的に、時に暗示的に述べているように、村落共同体
の住人が共有していた「公徳心」「公的関心」の母体であるアイデンティティ
ーの原基(げんき)のようなものを、どこかに継承、保持していかない限り、
「大共同社会」の形成はおぼつかないのであります。
 デューイは、「大共同社会」を形成するカギを握っているのが、マスコミュ
ニケーションであるとしています。しかるにその後、現代にいたるまで、一マ
スコミが健全な「公徳心」「公的関心」を培(つちか)う上で、十全(じゅう
ぜん)な役割を果たしてきたか否かは問うてみるまでもないでしょう。マスコ
ミだけの問題ではないが、「他者」への無関心、シニシズム冷笑主義)の蔓
延(まんえん)は、とうてい往時の比ではないはずです。デューイの提起した
課題は未解決で、むしろ増幅されながら現代へと受け継がれてきているといっ
てよい。
 その趨勢(すうせい)に拍車をかけているのが、現代の二大思潮(しちょう)
ともいうべきグローバリゼーションとバーチャリゼーション(仮想化)です。
二つは、コインの表と裏のように両々相(あい)まって、ポスト産業社会とい
う文明史の新たな局面を拓(ひら)きつつあります。
 最近は、アメリカの"一人勝ち"という状況もあって、グローバリズムヘの
風当たりが強くなっていますが、情報化そのものは抗しがたい一つのトレンド
(流れ)であって、その功罪、光と影を速断することは禁物です。しかし、一
つだけ確かにいえることは、情報化社会が帯びている本質的なバーチャル(仮
想)性ということです。

■バーチャル化がもたらす危険性
 近代化を受け継いだ情報化の奔流(ほんりゅう)は、利便性と効率性の有無
をいわせぬ力で人間の欲望を刺激しながら、従来、社会を構成していた家庭、
地域、一職場、学校、国家などの枠組みを解体もしくは弱体化させ、人々を隔
(へだ)てていた距離、空間の壁をとりはらうことによって、みるみるうちに
グローバールなネットワーク社会を現出させました。
 コミュニケーションは飛躍的に広がり、テレビやパソコンによって、地球の
反対側の情報も瞬時に茶の間に入ってきます。その結果、モノやサービス、趣
味や娯楽、職種、居住地、国籍、家族構成にいたるまで、人々の選択の自由、
行動の自由も大幅に拡大されてきました。それは大きなメリットなのですが、
そこには大きな落とし穴があることも忘れてはならない。それがバーチャル性
ということです。
 ネット社会を表徴(ひょうちょう)する二つのツール(手段)である「貨幣」
と「情報」は、ともに、バーチャルリアリティト(仮想現実)であって、リア
ティー(現実)そのものではありません。
 「情報」はもとより「貨幣」にしても、実体経済と互換性をもっている段階
はまだしも、そこから切り離され、投機性を露(あら)わにしたマネーゲーム
の世界になると、欲望は際限がなくなり、リアリティー特有の手応え、安定感
とは異質の次元に入り込んでしまう。帰結は、自己増殖を求めて飽くことを知
らぬ拝金(はいきん)主義の招来(しょうらい)です。貨幣というものの魔力
であります。
 ゆえに必要不可欠なのは、「貨幣」や「情報」などのバーチャルリアリア
ーは、リアリティトを補完し、補強することはできても、それにとって代わる
ことは不可能である、との観点ではないでしょうか。
 どんなに情報機器に上るコミュニケーションが発達しても、人間同士がじか
に触れ合う場――身近な対話、会議や授業がなくなるとは思えませんし、カネ
が、モノやサービスの代わりになりえないことは、無人島のロビンソン・クル
ーソー=注2=が証左(しょうさ)しています。
 すなわち、バーチャルな世界は、「他者」と向き合うことによって「自己」
に向き合うという、人間が生きることのリアリティーそのものであるしんどい、
根気のいる、ある意味では苦痛さえ伴う内的な葛藤(かっとう)、戦い――仏
教では愛別離苦(あいべつりく=愛する者と別れる苦しみ)、怨憎会苦(おん
ぞうえく=怨み憎んでいる者と会う苦しみ)等と説きます――とは、本来的に
なじみにくい性格をもっています。
 むしろ、そうした葛藤や戦いを無しに済まそう、できるだけ避けて通ろうと
するのが、利便性、効率性に内蔵されているベクトル(力の方向性)だからで
す。したがって、「自己」と「他者」との対峙によって生まれる自制心、自己
規律の心、公徳心や公的関心も生まれにくいのであります。
 とはいえ、情報ネットワーク社会を支え、構成しているのが人間であること
に変わりはない。彼の肩書は、既存のあらゆるしがらみ、紐帯(ちゅうたい)
から解き放たれた「自由な個人」であります。その「自由な個人」は、同時、
に、氾濫(はんらん)する情報に惑わされることのない自己決定ができる、地
に足をつけた「自立・自律した個人」でなければならない。しかし、前述した
ように、バーチャル性をベースにした情報化社会は、そうした「個人」を鍛え
上げる場としては機能しにくい。情報化の行く末を展望する時の最大のジレン
マはここにあります。はたして、時流の延長線上に突破口が見いだせるのかど
うか……。
 ゆえに、私は発想を転じて、身近な"一歩"を大切にしたいと、重ねて訴え
たい。
 ウィルトシアの村民のように、「他者」の怪我を耳にして「自分の足が傷つ
いたように感じ、その身体に衝撃が伝わる」ような淋漓(りんり)たる、生々
しいまでのリアリティー、痛覚や生命感覚こそ、バーチャルな世界の閉塞性に
風穴を開け、ひいては戦争への最大の抑止力となるからであります。
 おびただしい戦死者を前に、かのアショーカ王=注3=に、戦争から平和へ
の回生(かいせい)の内なるドラマを演じさせたものと、それは同根であるは
ずです。そして、そのような突破口、回路は、我々の身近な所に必ず発見でき
るはずなのであります。

◆◆「無痛文明」という発想に着目
 その点、森岡正博氏(大阪府立大学教授)の近著『無痛文明論』(トランス
ビュー)は、現代文明の病理を鋭くえぐり出していて興味深い。
 氏は、「聖教新聞」紙上(本年元旦号)で、その着想を、「『無痛文明』と
は、苦しみを避け、快楽を追い求めるための仕組みが、社会の津々浦々にまで
張りめぐらされた社会」のことであり、「無痛文明は『苦しみ』を徹底的に避
けようとするがゆえに、『生命のよろこび』を経験する可能性を人間から奪っ
てしまい、その結果、人間は、深いよろこびのない空虚な生を、モノと金に囲
まれて生きるしかなくなる」としています。
 「かなしみ」がないから「よろこび」もない。
 「苦しみ」がないから「楽しみ」もない。そうしたひっかかりのない、ぬる
ま湯のような社会にあって、致命的に衰弱し欠落(けつらく)していくのが「他
者」であり、「他者への眼差し」であるといってよい。
 氏は同書の中で、こう指摘しています。
 「みずからの苦しみを徹底して無痛化していった者こそが、もっとも他人の
苦しみを感じとらず、もっとも他人の訴えかけを聞こうとせず、他人を一方的
に押しつぶしておいてそのことにもっとも気づかない」
 「他者と衝突(しょうとつ)しても、自分のほうの『枠組み』を変えようと
しないから、真の対話はおとずれず、『他人を押しのけてまでも』自分を拡張
していくことになる」と。
 まさに「他化自在天」という魔性のはたらきそのものであります。こうした
袋小路から脱出する力は、どこにあるのか。氏はそれを、人間を内側から変え
る「生命」の力に求め、その復権が急務であることを訴えています。

釈尊の四門遊観(しもんゆうかん)
 こうした氏の問題提起は、私どもが信奉する仏法と、きわめて近(ちか)し
い志向性をもったものでもあります。
 その思想は、釈尊の出家の動機となったと伝えられる「生老病死」をめぐる
「四門遊観」のエピソードに象徴的に表れています。
 古代インドで釈迦族の王子として生まれた釈尊は、何不自由のない、ある意
味で現代の「無痛文明」にも似た生活を送る中で、ある時、大きな疑問が胸に
巻き起こった。経文では、その消息(しょうそく)をこう記しています。
 「わたくしはこのように裕福で、このようにきわめて優しく柔軟であったけ
れども、次のような思いが起こった、――愚かな凡夫は、自分が老いゆくもの
であって、また、老いるのを免れないのに、他人が老衰したのを見ると、考え
こんで、悩み、恥じ、嫌悪している――自分のことを看過(かんか)して」
 「愚かな凡夫は自分が病(や)むものであって、また病(やま)いを免れな
いのに、他人が病んでいるのを見ると、考えこんで、悩み、恥じ、嫌悪してい
る――自分のことを看過して」
 「愚かな凡夫は、自分が死ぬものであって、また死を免れないのに、他人が
死んだのを見ると、考え込んで、悩み、恥じ、嫌悪している――自分のことを
看過して」(中村元『ゴータマ・ブッダー』、春秋社)
 釈尊の出家の動機は「生老病死」という、人間存在の根本に存在する「苦」
を直視したことであると言われてきました。
 しかし、それ以上に、「苦」が生・老・病・死の悲劇にさいなまれている人
だけの問題ではなく、「自分のことを看過して」と繰り返し戒(いまし)めて
いるように、それらを忌むべきものとして差別する生命の驕(おご)りにその
元凶があることを、釈尊は鋭く見据えていた。

■死を忘れた文明まねが招いた悲劇
 いうなれば仏法の出発点は、他者の痛みや苦しみから目を背(そむ)けるの
ではなく、それらを自身の問題として真正面から向き合う中で、自己の生命を
鍛え上げ、「自他ともの幸福」を目指す生き方を促すことにあり、その労作業
の中にしか真実の「生のよろこび」は息づかないことを訴えた点にありました。
 先ほどの無痛文明論ではありませんが、「死を忘れた文明」とも呼ばれる現
代は、生老病死という根本課題から目をそらしたり、それをバイオテクノロ
ー(生命工学)や先端医療によって表面的に管理下に置こうとする試みばかり
が先走って、それらの苦しみを乗り越えながら、生を真に豊かにしていくため
の人間と社会のあり方を模索する努力が、なおざりにされてきた面は否(いな)
めません。
 また、その「死を忘れた文明」は、死をできるだけ他人の問題として外部化
し、それに対する痛みや苦しみを麻痺させることによって、2度にわたる世界
大戦や各地における大量虐殺(ぎゃくさつ)などの惨劇を止める社会のブレー
キを弱めさせ、「メガ・デス(大量死)の世紀」を招いてきました。
 その意味でも、先に触れた「原水爆禁止宣言」で、戸田第2代会長が「その
奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」と訴えたのは、「死を忘れた文
明」の象徴的産物ともいえる核兵器への指弾を通して現代文明の暗部を剔抉(て
っけつ)し、その転換を図ることに最大の眼目があったのであります。
 「他人だけの不幸」がありえないのと同様に、「自分だけの幸福」もありえ
ない――小さなエゴを打ち破り、他者の中に自分を感じ、自分の中に他者を感
じながら、互いの生命の輝きで照らし合い、最高に人生を輝かせていく生き方
こそ、仏法が説く世界観・生命観の必然的な帰結であるからです。(下に続く)


―――――――――――――――――――――――――――
◆語句の解説◆
注1 他化自在天
 仏法で説く「四魔」という生命の魔性の一つ。大智度論には、「他の化(け)
する所を奪って而(しか)して自ら娯楽するが故(ゆえ)に他化自在と言う」
とある。欲望の世界である欲界に属する六天の最上に住むために、「第六天の
魔王」とも呼ばれる。
注2ロビンソン・クルーソー
 18世紀に活躍したイギリスの小説家ダニエル・デフォーの『ロビンソン・
クルーソー漂流記』の主人公。実話を題材にした創作で、ロビンソンが何度か
の航海の後、無人島に漂着(ひょうちゃく)し、28年間にわたる自給自足の
生活を経て、イギリスに帰りつくまでの話が描かれている。
注3 アショーカ王
 インド最初の統一王朝であるマウリア朝の第3代の王。在位は紀元前3世紀
頃とされる。即位後にカリンガ地方(現在のオリッサ地方)を征服した際、約
10万人を殺害し、約15万人を捕虜(ほりょ)にしたが、これを深く悔恨(か
いこん)し、「武力による征服」を放棄。仏教徒としての信仰に目覚め、平和
主義の政治や福祉政策に力を注いだ。