第29回「SGIの日」記念提言「内なる精神革命の万波を」(下)


 
 続いて、さまざまな意味で節目となる明2005年を前に、「平和と共生の
地球社会」を建設するための具体策について論じたい。
 明年は、第2次世界大戦が終結してから60年であり、国連創設60周年、
また広島と長崎に原爆が投下されてから60年にあたります。
 こうした歴史的な節目を踏まえて私は、(1)国連の強化と改革、(2)核
軍縮の推進と核廃絶への方途、(3)「人間の安全保障(ヒューマン・セキュ
ティー)」の拡充、の3点から、それぞれ言及したいと思います。


――テロや紛争の解決は国連中心の枠組みで――
◆◆◆グローバルな対話の場 総会の強化で国連の活性化を
◆◆《平和復興理事会》新設し紛争地域を再建
■国連改革の諮問委員会が発足
 まず第1は、国連強化とその改革についてであります。
 イラク問題で、軍事力行使の是非とともに大きな焦点となったのが、安全保
障理事会での深刻な対立に伴う国連の機能不全でした。
 こうした事態への危惧(きぐ)が広がる中、国連のアナン事務総長の呼びか
けで、有識者による国連改革に関する諮問委員会が発足し、先月に初会合が行
われました。
 同委員会では、(1)平和と安全保障を脅かす現在の課題について詳しく検
討すること、(2)こうした課題に対処する上で集団的行動がなしうる貢献に
ついて考察すること、(3)国連の主要機関の機能、およびそれらの関係につ
いて見直すこと、(4)国連の組織とプロセスの改革を通して、国連を強化す
る方法を提言すること、などを主眼に討議を進め、今秋までに事務総長に報告
することが目指されています。
 私はかつて(2000年10月)、同委員会の委員長に就任したタイのアナ
ン元首相と、21世紀の国連をめぐって語り合ったことがあります。
 アナン元首相は、「各国が、どれくらい国連を効率の良いものにしていきた
いと願っているのか、それがそのまま国連の現実に反映している」と、国家の
集合体であるがゆえの限界を指摘されながらも、次のように国連の意義を強調
しておられました。
 「しかし、少なくとも国連の存在自体は歓迎すべきものです。『希望』はあ
ります。『もし国連がなかったら』と考えると、『国連があることで世界が、
より良くなっている』ということは言えると思います」と。
 私も、まったく同感で
あります。
 確かに、国連無力論や不要論は一部で根強く叫ばれており、今の国連には、
時代の変化にそぐわない面が少なからずあるかもしれません。しかし私どもは、
それに代わる存在が現実にない以上、グローバルな草の根の民衆の力を結集し、
国連を強化していくことが一番の道であると考え、行動を続けてきました。
 大切なのは、イラク問題での教訓を十分に念頭に置いた上で、"今後、同様
の難しい判断が迫られる事態が生じた場合に、どう対処すべきか"についての
ルールと体制づくりについて、前向きに検討していくことではないでしょうか。
 そして、その連帯の基軸は、あくまで国連であるべきだと考えます。
 世界191カ国が加盟する最も普遍的な機関である国連こそが、国際協力の
礎(いしずえ)となり、その活動に正統性を与えることができる存在にほかな
らないからです。
 こうした前提に立って、私は、国連の強化と改革について、二つの提案を行
いたい。

■緊急特別総会による意見集約を
 一つ目は、総会の権限強化です。
 国連憲章が定めるように、平和と安全の維持に関する主要な任務が委(ゆだ)
ねられ、法的拘束力のある決定を行う権限を持つのは安保理だけです。しかし、
実際の審議においては、五つの常任理事国のみに認められる拒否権制度の存在
によって、合意を導き出すことができずに、機能不全に陥る場合が見受けられ
ます。
 こうした事態を打開するため、私は、すべての加盟国による"グローバルな
対話の場"であり、最も代表性の高い総会の権限を、制度面や運用面で強化す
ることが重要ではないかと考えます。
 平和と安全の維持に関する総会の権限は、安保理に対して副次的なものであ
ることが憲章で規定されていますが、安保理が拒否権などによって機能できな
い場合に、緊急特別総会を招集し、一定の勧告(かんこく)ができる仕組みが
運用面で積み重ねられてきました。
 いわゆる「平和のための結集」と呼ばれるもので、1950年に国連総会が
採択した決議に基づき、安保理の9カ国の賛成を得るか、国連加盟国の過半数
が賛成すれば、開くことができるというものです。
 21世紀に入り、平和に対する新しいタイプの脅威が台頭し、今後も難しい
決断が迫られる場合が少なくないことを踏まえ、とくに軍事力行使を含む強制
措置(そち)の是非をめぐって安保理が紛糾した場合には、緊急特別総会を開
催することを定着化させ、そこでの討議を安保理にフィードバック(還元)さ
せていく仕組みを確立するべきではないかと思います。
 国連の力と信頼の源泉は、国際社会におけるコンセンサス(合意)づくりに
あります。平和と安全への脅威に対する措置には「実効性」も重要ですが、そ
れにもましてソフト・パワーの源泉である「正統性」の確保が欠かせません。
 問題解決のためにどう対応するのが望ましいのか、その方策を見いだすため
に国際社会の意見を集約・反映させる制度こそ、21世紀の国連に求められる
存立基盤ではないでしょうか。
 先月には国連総会でも、総会の活性化と権威の向上に向けた諸措置を講じる
決議が全会一致で採択されましたが、普遍的な対話のフォーラムである総会は
国連強化の要といえましょう。

――求められる「法による解決」の整備・確立――
◆◆創設60周年の明年に≪国連民衆フォーラム≫を

■紛争地域に「切れめ目のない支援」を
 二つ目は、紛争時から平和構築までのプロセスに関わる国連諸機関の活動を
調整し、一貫性をもたせる環境整備です。
 近年、紛争地域において支援が断続的に行われるために生じる"空白状態"
が、深刻な課題として指摘されています。その解消の必要性については、昨年
5月に「人間の安全保障委員会」が発表した報告書でも強調されています(邦
訳は『安全保障の今日的課題』、朝日新聞社)。
 報告書では、紛争中と紛争直後に人々を効果的に保護する仕組みが未整備で
あることを踏まえ、「それぞれに規定されている任務分担に拘泥(こうでい)
せず、人々を保護するには何をなすべきかを第一に考えることにより、無数の
支援関係者がそれぞれの縦割り構造にしたがって無秩序に活動している現状を
打開する必要がある」と訴えています。

 また、「とくに国際的な軍事介入の後では、紛争下における『保護する責任』
は、『再建する責任』があってはじめて果たされる。つまり、重要なのは紛争
が停止したかどうかではなく、そのあとの平和の質なのである」とし、すべて
の活動の出発点を、紛争による被害や傷跡に苦しむ人々や社会のニーズに置き、
単一のリーダーシップの下でそれらを進めるべきと主張しています。
 私は、近年、紛争が複雑化する中で、さまざまな支援を総合的に進めること
の緊急性が高まっていることに鑑(かんが)み、その取り組みを国際的に強く
リードするための機関を国連に設けることが必要ではないかと考えます。
 たとえば、国連でその任務が事実上終了している信託統治理事会=注4=を、
「平和復興理事会」のような名称で発展的に改組(かいそ)し、その役割を担
うようにしていってはどうか。
 かつて私は、信託統治理事会を衣替えし、難民高等弁務官や人権高等弁務官
と密接な連携を持ちつつ、紛争に苦しむ地域での文化的、民族的多様性を保障
していく役割をもたせてはどうかと提案したことがあります。
 そうした要素も加味しながら、「平和復興理事会」が、人道支援から平和構
築にいたる諸活動の推進と調整の第一義的な責任を担っていくべきではないで
しょうか。
 また活動の推進にあたっては、当事国や周辺国との協議の場を継続的に持つ
とともに、活動の進捗(しんちょく)状況を定期的に関係国に報告する制度を
設け、透明性や信頼性を高める努力も必要でしょう。

■広範な民衆の支援が不可欠
 いずれにせよ、国連の強化を実現させるには、加盟国だけでなく、民衆レベ
ルでの力強い後押しが欠かせません。とくに国連は、資金難という難題も長ら
く抱えており、できるだけ幅広い支援が求められています。
 昨年2月には、ブラジルのカルドーゾ前大統領を議長とする「国連と市民社
会の関係に関する賢人パネル」が発足し、市民社会からの声などを踏まえた報
告書のとりまとめが進められており、国連強化への機運は高まっています。
 そこで私は、そうした潮流を更に高めながら、2000年に行われた「ミレ
ニアム・フォーラム」と同様の形で、明年の国連創設60周年にあわせて、N
GO(非政府組織)をはじめとする市民社会の代表が参加しての「国連民衆フ
ォーラム」を開催し、平和の21世紀のための国連強化の道筋をつけていって
はどうかと提案したい。
 私の創立した平和研究機関「ボストン21世紀センター」でも、これまで国
連の創設50周年の際に『民衆からの提言』を提出するなど国連支援の活動を
続けてきましたが、今後も研究協力やシンポジウムの開催などを積極的に進め、
民衆による国連支援のグローバルな連帯を広げていきたいと考えています。

国際刑事裁判所の活動を軌道に
 この国連改革に関する提案と合わせて付言しておきたいのは、続発するテロ
ヘの対応策として「法による解決」の環境づくりを推進することの重要性です。
 2001年9月に採択された安保理決議に基づき、国連に「テロ対策委員会」
が設置されたのに続いて、昨年6月に行われたエビアンでのG8サミット(主
要国首脳会議)で、同委員会の活動を支援することなどを目的とした「テロ対
策行動グループ」が設置されました。
 テロを未然に防いだり、その再発を防止するためには、各国における法制度
の整備や拡充とともに、粘り強い国際協力が欠かせません。私は、こうした国
際的な枠組みを通して、予防的な措置に力を注ぎながら、テロを起こさせない
環境づくりを進めていくことが肝要であると訴えたい。
 そして、この取り組みとともに重要なのが、国際刑事裁判所の締約国(てい
やくこく)を増やし、活動を軌道に乗せることです。
 戦争犯罪や大量虐殺、人道に対する罪などを犯した個人を裁くための常設法
廷である国際刑事裁判所は、昨年3月に発足式典を行い、活動を本格的にスタ
ートしました。
 これは、世界各地で続発する紛争やテロなどの"憎しみや暴力の連鎖"を断
ち切っていくとともに、「力による解決」ではなく「法による解決」のアプロ
ーチを国際社会に定着化させていく上で核となる制度です。
 ようやく設立をみた裁判所が真に有効性を発揮するには、より多くの国が参
加し、普遍性と信頼性を確保していくことが欠かせません。
 とくにテロに関しては、昨年8月に国連安保理で、紛争地域で活動する国連
要員や人道援助要員らを対象にしたテロは「戦争犯罪」にあたると非難する決
議が採択されました。
 これは、国際社会に大きな衝撃を与えたイラクバグダッドの国連現地本部
への爆弾テロを踏まえてのものですが、こうした非道なテロを制度的に防止す
るためにも、それを国際刑事裁判所のような司法制度の下で裁く原則を確立し
ていくべきでありましょう。
 私どもSGI(創価学会インタナショナル)としても、国連NGOとして意
識啓発などの活動に取り組みながら、国際刑事裁判所を支援していく世界的な
潮流を高めていきたいと思います。
 またこれに関連して、これまで主として国家間の戦闘や国内紛争について整
備されてきた「国際人道法」を強化し、テロに対する措置や、越境化(えっき
ょうか)する内戦をはじめとする新しい事態においても、国際人道法の精神が
順守されるよう求めていくべきであります。


――「不拡散」から「核軍縮」「核廃絶」重視へ――
◆◆◆保有国は軍縮交渉の早期開始を
◆◆北朝鮮の核問題
  「6カ国協議」制度化で≪対話≫を堅持

■CTBTの一日も早い発効を
 第2に、核兵器軍縮と廃絶について展望しておきたい。
 先月、イランが国際原子力機関の追加議定書=注5=に署名し、核査察の全
面受け入れに合意したのに続き、リビア核兵器を含む大量破壊兵器の開発・
製造計画の全面廃棄と、国際査察団の即時受け入れに合意しました。
 いずれも核不拡散体制の面で大きな前進といえますが、核兵器の脅威を地球
上からなくすには、まだまだ道遠(とお)しと言わざるを得ません。
 こうした状況を根本的に打開するために、私は、近年、核問題における主要
テーマとなっている「不拡散」から、「核軍縮」「核廃絶」へと重点をシフト
させていくことが肝要であると強く訴えたい。
 もちろん、「不拡散」のための制度整備は、核軍縮を進める上での前提条件
です。だからこそ私どもも、1996年に採択されたCTBT(包括的核実験
禁止条約)の早期発効を繰り返し呼びかけてきました。
 条約に定められた核実験を監視する国際的な観測網(かんそくもう)の整備
は着実に進んでおり、これが軌道に乗れば、核実験を隠し通すことは事実上不
可能になると言われています。
 7年間にもわたり、未発効の状態が続く中で、アメリカ政府が昨年、新型の
小型核や強力な地中貫通型核爆弾の研究予算を計上するなど、核実験再開へと
つながる動きも懸念されています。
 昨年7月には、条約の発効要件国であるアルジェリアが批准(ひじゅん)し
ましたが、アメリカをはじめ残りの要件国である12カ国が批准し、CTBT
が一日も早く発効するよう、国際世論を高めていく必要があります。
 またCTBTに関連して、核保有国が非保有国に対して核兵器を使用しない
という「消極的安全保障」の誓約を、グローバルな規模で制度化させていくべ
きでしょう。
 こうした措置を一つ一つ真摯に積み上げていくことこそ、先に触れた文明の
証(あかし)としての自制心の「かたち」であります。それがメッセージとし
て、広く民衆の心に届くことが、戦争やテロヘの最大の抑止力となることは、
自明の理であることを重ねて強調しておきたいのであります。
 そして何よりも核保有国による核軍縮の誠実な履行(りこう)が現実のもの
となってこそ、核関連条約の信頼性や実効性を高め、不拡散体制の安定化につ
ながっていくはずです。

■核軍縮への誓約は"NPTの柱"
 そもそもNPT(核拡散防止条約)の主要な目的は核兵器の不拡散にありま
すが、一方で、核軍縮措置についての誠実な交渉が条文に明記されたからこそ、
核関連条約の中で最大規模を誇る国々が参加するにいたった側面を見過ごして
はなりません。
 1995年に条約の無期限延長が決定された際に、これと合わせて「条約の
再検討プロセスの強化」と「核不拡散と核軍縮の原則と目標」と題する文書が
採択され、核軍縮への枠組みが整備されたのも、そうした国際社会の強い意志
の表れだったといえます。
 私は昨年の提言で、NPT再検討会議が行われる明年が、広島と長崎に原爆
が投下されて60年にあたることを踏まえ、各国首脳が参加しての「核廃絶
ための特別総会」の開催を提案するとともに、国連に核軍縮の専門機関を新た
に設置することを討議すべきであると訴えました。
 2000年の再検討会議で採択された最終文書において、「核兵器の全廃を
達成するという核兵器国による明確な約束」が盛り込まれ、「核兵器の全廃へ
と導くプロセスヘのすべての核兵器国の適切な早い時期の参加」が合意された
ことを重く受け止め、これを現実化させる努力が求められます。
 そのためにはまず、国連安保理常任理事国でもある核保有5カ国が、NP
T全加盟国に対する共通の責任感を持って交渉を開始し、核軍縮の誠実な履行
を果たしていくことが、何よりも重要ではないでしょうか。
 私は、2005年の再検討会議か、もしくは特別総会に向けて、保有5カ国
が交渉開始に合意することが、出口の見えない核兵器の問題に打開の糸口を与
えるものだと確信するものです。その上で、「核廃絶へのタイムテーブルづく
り」に着手していくことを強く求めたいと思います。

■北東アジアの恒久的平和を
 この核兵器の問題に関連して、今、大きな焦点となっている北朝鮮核兵器
開発問題についても言及しておきたいと思います。
 2002年12月の核施設の再稼働宣言以来、北朝鮮の核開発への懸念が国
際社会で高まる中、昨年8月、アメリカ、ロシ
ア、中国、韓国、北朝鮮、日本の6力国による協議が中国の北京で行われまし
た。
 具体的な進展は得られなかったものの、議長総括にみられるように、「対話
を通じて核問題を平和的に解決し、朝鮮半島の平和と安定を維持し、恒久的な
平和を切り開くこと」、「平和的解決のプロセスの中で、状況を悪化させる行
動をとらないこと」などの点で合意するなど、協議の枠組みを維持し、対話を
継続していくことで一致しました。
 しかしその後の協議再開は難航し、今月、北朝鮮アメリカの非公式代表団
を受け入れ、核関連施設への視察を認めるなどの動きはあったものの、状況は
さほど前進していません。
 日本として、拉致(らち)問題は絶対に先送りしたり、まして避けて通るこ
とはできませんが、同時に各国が議長総括における精神を堅持しつつ、ようや
く端緒(たんしょ)についた"多国間対話"の枠組みを前向きに育(はぐく)
んでいくことが重要です。
 私は、2回目の協議の早期開催を願うとともに、この6カ国協議を制度化さ
せることによって、朝鮮半島や北東アジアにおける信頼醸成(じょうせい)を
粘り強く推し進め、やがては、「北東アジア共同体」のような多国間フォーラ
ムや、「北東アジア非核地帯」の設置を目指していくことが望ましいと考える
ものです。


◆◆◆21世紀の焦点は『人間の安全保障』
◆◆「ミレニアム開発目標」の達成へ
――《グローバル初等教育基金》創設を――
   
■守られる側から貢献する側へ
 第3に挙げたいのは、「人間の安全保障」の拡充です。
 「人間の安全保障」は、近年、従来の安全保障観の見直しなどを通して形成
されてきたもので、国家の安全から人間の安全へと中心軸を移した新しい安全保障の枠組
みです。
 それは、戦争やテロ、犯罪などの直接的暴力だけでなく、貧困や環境汚染、
人種抑圧や差別、教育や衛生分野での遅れなど、人間の安全と尊厳を脅かす問
題を対象とする、きわめて包括的な概念といえます。
 国連のアナン事務総長は年頭のメッセージで、"イラク戦争によって、貧困、
飢え、不清潔な飲料水、環境悪化、感染症など、100万単位の人々の命を奪
う脅威への対処努力が疎(おろそ)かになった"として、世界の指導者に対し、
今年はその潮流を変えて対策を図るよう訴えましたが、「人間の安全保障」が
主に対象としているのはこうした社会的問題であります。
 国連開発計画が、その基礎的な概念を提唱して以来、重要性が次第に認識さ
れるようになり、2001年には「人間の安全保障委員会」が設立され、昨年
5月に、先に触れた報告書が発表されました。
 そこでは、これまでの国際社会における議論なども踏まえ、人間の安全保障
を、「人が生きていく上でなくてはならない基本的自由を擁護(ようご)し、
広範かつ深刻な脅威や状況から人間を守ること」と定義しています。
 私がとくに着目しているのは、それを実現する2本柱として、人間の「保護」
とともに、「能力強化」を掲げている点です。
 つまり、人々が単に"守られる"だけでなく、人間に備わっている強さや力
を引き出す環境づくりを進めることによって、自ら幸福を勝ち取りながら、社
会に"貢献する"生き方を促していることです。
 この点につき、報告書では、次のように強調しております。
 「『人間の安全保障』実現のために不可欠なもう一つの要素は、人々が自ら
のために、また自分以外の人間のために行動する能力である」
 「この能力を伸ばすという点が、『人間の安全保障』と国家の安全保障、人
道活動、あるいは多くの開発事業との相違であり、その重要性は、能力が強化
されることにより人々が個人としてのみならず、社会としての潜在能力までも
開花させうる点にある」
 他の人々のために行動することを通して、社会に新しい価値を創造していく
挑戦こそ、崩れざる平和の基盤となるものといえましょう。

◆◆「平和の文化」を民衆の手で!
◆《人権教育》こそ強制の地球社会の礎

■女性教育の普及が社会安定の要
 その意味で、私が「人間の安全保障」を拡充させるために、最も力を入れる
べきだと考えるのは、本稿の前段でも強調しておいたように、何といっても「教
育」です。
 世界には現在、読み書きのできない8億6000万人の成人と、学校に通え
ない1億2100万人の子どもたちがいると言われています。
 そこで、ユネスコ(国連教育科学文化機関)を中心に「万人のための教育」
キャンペーンが展開され、基礎教育の完全普及が目指されています。また昨年
には、「国連識字(しきじ)の10年」がスタートしました。
 人々に学びの光を与え、本来備わっている力を引き出し、可能性を開花させ
る上で欠かせないものが識字ですが、とくに非識字者の3分の2を占める女性
識字率を高め、初等教育を普及させることは、女性自身だけでなく、家庭や
社会をよりよい方向へ導く大きな原動力となるはずです。
 先月発刊されたユニセフ(国連児童基金)の世界子供白書』でも、世界の開
発目標の達成はいずれも女子教育の進展なくしては不可能であるとし、国際開
発努力における改革を早急に求めております。
 しかし資金などの面で、初等教育の普及が立ち遅れている国は多く、その障
壁を国際協力によって解消していかねばなりません。
 国連や世界銀行の試算によれば、世界で費やされる年間軍事支出の4日分を
毎年、教育分野に振り当てれば、2015年までには全世界での初等教育の普
及に必要な資金がまかなえると見積もっています。
 この初等教育の完全普及は、国連の「ミレニアム開発目標」=注6=の8大
目標の一つをなすものであり、私はこれを後押しするために、たとえば「グロ
ーバル初等教育基金」のような形で、国際的な資金協力の枠組みを強化させる
べきではないかと訴えたい。
 この基礎教育を普及させる取り組みとともに、戦争のない世界を築くための
礎となるのが、「人権教育」です。
 紛争をなくすには、それを生み出し、エスカレートさせる敵対意識や差別感
情を克服し、平和共存していくための土壌(どじょう)づくりが欠かせません。
 また、紛争にまでいたらない場合でも、世界的な経済不況と相まって、失業
問題をはじめ、さまざまな形で摩擦(まさつ)が起こり、社会の緊張を高めて
いる事例は多くみられます。
 友人(共著者)であったアメリカのジャーナリストの故ノーマン・カズンズ
氏は、「人間の傷や痛みに無頓着な態度は、教育失敗のこの上なく明白なしる
しである」(『人間の選択』松田銑訳、角川書店)と警告しましたが、こうし
た状況を放置しておけば、社会に憎しみや怒りの感情が沈殿(ちんでん)し、
さらなる紛争を招く危険性は大きいといえましょう。
 私は3年前に南アフリカで開催された国連の「人種差別に反対する世界会議」
に宛てたメッセージの中で、国連「人権教育のための10年」(1995?20
04年)に続く形で、国連「平和のための人権教育の10年」を設置すること
を呼びかけました。
 そうした中、昨年8月には国連の人権小委員会で、「第2次人権教育のため
の10年」の設置を国連総会で宣言するように求めた勧告が出されています。
 私は、この動きを歓迎するとともに、その実施にあたっては、とくに次代を
担う子どもたちに焦点を当てて、「平和と共生の地球社会」づくりにつながる
人権教育の推進に力を入れていってはどうかと訴えたい。
 本年は、「奴隷制との闘争とその廃止を記念する国際年」でもありますが、
こうした過去の重い教訓を踏まえつつ、人種差別や不寛容を乗り越えゆく土壌
を育んでいくべきであります。
 SGIとしても、国連機関の活動の支援や、他のNGOとも連携を取りなが
ら、平和教育と人権教育のグローバルな推進のために最大限努力していきたい
と思います。

■情報社会の倫理
 この人権教育に関連して、近年、情報社会化が急速に進む中で、マスメディ
アが特定の民族や人種に対する差別感情を煽(あお)ったりする例や、インタ
ーネット上で特定の民族や人種を攻撃するページなども目立つようになってお
り、紛争やヘイト・クライム(憎悪による犯罪)の温床となることが懸念され
ています。
 こうした中、先月にスイスで、国連の「世界情報社会サミット」の第1回会
合が行われ、情報を"持つもの"と"持たざるもの"の格差が拡大する、いわ
ゆる「デジタルデバイド情報格差)」の問題が大きな焦点となったのをはじ
め、情報社会のあり方をさまざまな角度から問う機会となりました。
 そこでは、報道の自由やメディアの独立性がネット社会でも不可欠であると
する一方で、メディアに情報の責任ある取り扱いを求める旨などを盛り込んだ
「サミット宣言」が採択されました。
 私は、明年にチュニジアで行われる第2回会合に向けて、情報社会の倫理に
ついての議論を更に深めていくべきではないかと思います。

■「人道的競争」を世界的な規模で
 ともあれ、「人間の安全保障」の推進のためには、新しい大胆な発想と、粘
り強い努力の積み重ねが欠かせません。すでにタイのように、「社会開発およ
び人間の安全保障省」を設置した国もありますが、こうした例などを参考にし
ながら、各国が――牧口初代会長が志向した「人道的競争」のような形で切瑳
琢磨し――よい意味での競い合いを行っていくことが、重要ではないでしょし
うか。
 また、その取り組みによって得られた情報や経験を共有したり、技術交流や
人的派遣を進めるなどして、「人間の安全保障」を世界的な規模で実現させて
いくべきだと強く訴えたい。
 そして何よりも、そうした挑戦は国家レベルにとどまらず、広範な民衆の理
解と行動に支えられてこそ結実します。
 "地球上から悲惨の二字をなくしたい"との師の熱願(ねつがん)を胸に、
私が創立した戸田記念国際平和研究所では、この「人間の安全保障」と「地球
社会の運営(グローバル・ガバナンス)」を関連づけた研究プロジェクトに力
を入れ、平和研究の世界的なネットワークづくりに努めてきました。
 また、一人の人間が立ち上がり、自らの可能性を無限に開花させながら、社
会に貢献していく"民衆の民衆による民衆のためのエンパワーメント(啓発運
動)"は、SGIが進める「人間革命」運動の骨格をなす理念でもあります。
 この理念に基づいて、私どもは社会的な活動として、国連の軍縮キャンペー
ンや人権キャンペーン、また地球サミット(国連環境開発会議)をはじめとす
る国際会議に協力する形で、核の脅威展や「戦争と平和」展、「現代世界の人
権」展、環境と開発展などを世界各地で巡回し、草の根の民衆レベルでの意識
啓発を進めてきました。
 昨年は、平和教育の一環として、パリのユネスコ本部やジュネーブの国連欧
州本部などで「ライナス・ポーリングと20世紀」展を巡回し、この2月には
SGIが中心となってニューヨークの国連本部で「世界の子どもたちのための
平和の文化の建設展」を開催する予定となっています。
 これらの展示はいずれも、時代変革の波を起こすためにはまず、地球を取り
巻く問題の一つ一つを、わが身に引き寄せて考えることが欠かせない、との信
念から生まれたものです。

■万年の未来へ「平和の種」を
 私は現在、21世紀の世界が基調とすべき「平和の文化」を提唱してきた、
平和学者のエリース・ボールディング博士と対談を進めています。
 その中で博士は、「人間は、現在のこの時点にだけ生きる存在ではありませ
ん。もしそうであれば、私たちは、いま起こっている事柄に、たちまち打ちの
めされてしまいます」と述べ、希望を失わないためには長期的な観点で未来を
見据えながら、建設的な役割を果たすことが重要であると訴えておられました。
 思えば1975年1月、SGIの発足に際し、私は、世界から集まったメン
バーを前に、こう呼びかけました。
 ――皆さん方はどうか自分自身が花を咲かせようという気持ちでなくして、
全世界に平和という種をまいて、その尊い一生を終わってください。私もそう
します――と。
 この信念は今も、まったく変わるものではありません。平和といっても、決
して日常を離れたところにあるものではない。一人ひとりが現実の「生活」の
中に、また「生命」と「人生」に、どう平和の種を植え、育てていくか。ここ
に、永続的な平和への堅実な前進があると、私は確信するものです。
 かつて戸田第2代会長は、万年(まんねん)の未来を展望し、「やがて創価
学会は壮大なる『人間』触発の大地となる」と語りました。私どもは、その誇
りと使命感を胸に、明年のSGI発足30周年を目指して、「平和の文化」を
築く民衆のグローバルな連帯をさらに広げていきたいと思います。


――――――――――――――――――――――――――――
注4 信託統治理事会
 国連創設当初、アフリカや太平洋など世界の一部にあった未解放の地域に住
む人々の社会的前進を図るために設立された機関。最後の信託統治地域であっ
パラオが1994年に独立を果たしたため、理事会の任務は事実上終了し、
現在は必要が生じた場合にだけ会合を開くことになっている。
注5 国際原子力機関の追加議定書
 核査察(ささつ)強化のため、国際原子力機関と保障措置協定の締約国が追
加的に結ぶ議定書。申告や未申告を問わず、すべての核関連施設に対して、抜
き打ち査察を含めた強制力のある査察を認めるもので、現在79カ国が署名。
批准(ひじゅん)は日本など38カ国にとどまっている。
注6 ミレニアム開発目標
 2000年の国連ミレニアムサミットで採択された宣言と、1990年代に
開催された諸会議で採択された国際開発目標を一つに統合したもの。2015
年までに達成すべきものとして「極度の貧困及び飢餓(きが)の撲滅(ぼくめ
つ)」や「乳幼児死亡率の低減」などの8大目標が掲げられている。