方面長協議会(上)

我らの信心は本因妙 毎日が新しい出発だ

わが生命の力は宇宙大
戸田先生 「立正安国」の哲理で悲惨のない世界を
愛する地域の 安心の柱 幸福の柱と輝け

 方面長協議会が8月28日、長野研修道場で行われ、池田名誉会長がスピーチした。



    ◇
 一、きょうは各方面、そして青年部の代表が、元気に参加してくださっている。
 遠いところ、本当にご苦労さま!(大拍手)
 恩師・戸田先生は叫ばれた。
 「日蓮大聖人は生涯、戦われたではないか。
 御書には、『仏法と申すは勝負をさきとし』と仰せではないか。
 だから我々は、広宣流布のために戦う以外にないではないか!」
 これが、私たちの決心である。
 我らの武器は何か。
 それは「言論」である。言葉は「弾丸」だ。口は「鉄砲」であり、「大砲」である。
 正義の言論で敵を打ち破る。仏の軍勢を広げていく。これが広宣流布の大闘争である。

 惰性に打ち勝て 
 一、小事が大事だ。何気なく見過ごしていることの中に、大きな問題の根が隠されている。
 指導者は、とくに学会の最高幹部は、少しも油断があってはならない。
 悪や不正を見ても、何も言わない。戦わない。だれも責任を取らない。そんなことでは、簡単に魔に付けいられる。
 牧口先生、戸田先生が、そしてこの私が、命がけで築き上げてきた正義の創価学会である。
 生半可な気持ちでは、この民衆の城を護り抜くことはできない。
 師弟の精神を根本として、自らの心に巣食う慢心や慣性と絶えず戦っていくのだ。
 重大な責任感をもって、学会厳護の指揮を執っていただきたい。

 下から上へ新しい知恵を 
 一、牧口先生は「下から上を動かせ」と教えておられた。
 学会の発展のため、前進のために、上に対しても、どんどん意見を言っていく。新しい知恵を出し合っていく。それが、ますます重要だ。
 毎日が新たな出発だ!
 これからだ!──そういう「本因妙」の学会で行くのだ。

近代日本の文人島崎藤村 誠実がまず人を動かす

 自分が前進を! 
 一、近代日本の文人島崎藤村がいる。
 明治から昭和にかけて活躍した作家・詩人であり、『夜附け前』『若菜集』など、著名な小説や詩集を残している。
 その作品を読まれた方も、多いだろう。
 彼は綴っている。
 「誠実が先づ人を動かす」(「土岐哀果の歌」、『藤村全集第9巻』所収、筑摩書房
 リーダーの皆さんは、だれよりも誠実であっていただきたい。小手先の言葉や命令では、人は動かない。
 深い慈愛と真心。そして誠実の行動こそが、人々の心を動かすのだ。
 また、島崎藤村は「むやみと人を羨むのが、それが恥ですね」と記している(「弱いものでも」、同)。
 人を羨んでも何も変わらない。大事なのは、自分が前進することだ。
 自分自身の幸福境涯を、一歩ずつ広げていくことだ。
 「元を忘れ、奢りに長じたら、おのづから上を恐れず、人を侮り、正しきものの味方から背き去る族も出て来るものである」(「町人蜂谷源十郎の覚書」、『藤村全集第13巻』所収、同)
 これも島崎藤村の言葉である。
 原点を忘れ、初心を忘れた人間は、やがて傲慢になり、自分を見失っていく。最後は身を滅ぼしてしまうだろう。
 学会のため、広布のために師匠に直結して戦う。この根本の「心」がなくなったら、指導者失格だ。どんな戦いにも、勝てるわけがない。
 関西が強いのは、常に「師とともに!」との心がみなぎっているからだ。常勝関西の不屈の精神が、学会を支えているともいえるのである。
 また島崎藤村は、次の言葉を記し残している。
 「後進者のために尽したとの意識の如きは一つの高尚なる歓喜ではあるまいか」(「老年」、『藤村全集第9巻』所収、同)
 青年は未来だ。
 伸びゆく青年の姿ほど、うれしいものはない。
 皆さんは、だれよりも後輩を大切にするリーダーであってもらいたい。

印度の詩人
 繁栄は無策から、財産は浪費や怠慢から滅びる

 建設は死闘破壊は一瞬 
 一、戸田先生は叫ばれた」。
 「本陣のリーダーは、同志のため、学会のため、令法久住のため、不惜身命の実像を示してゆかねばならない」
 最高幹部が不惜身命の精神を失えば、学会は崩れていってしまう。
 私は、広宣流布のため、同志のため、師匠のために、すべてをなげうって戦ってきた。だからこそ、学会は世界的な発展を遂げたのである。
 先生は師子であった。堕落した幹部に対しては、それはそれは厳しかった。
 特に、金銭にだらしなく、学会に迷惑をかけるような人間は、絶対に許さなかった。「金に卑しい幹部がいたら、すぐにやめさせなさい」とまで、言われていた。
 牧口先生もまた、金銭については潔癖であり、厳格であられた。
 "牧口先生は、人格高潔にして、一文半銭たりとも貪ることがなかった。清貧に甘んじて、こと不義と名のつくものには、仮借なく、これを責められた"と戸田先生が述べておられたことも、忘れられない。
 インドの大詩人バルトリハリは綴った。
 「繁栄は無策から、財産は浪費や怠慢により滅びる」(上村勝彦著『インドの詩人』春秋社)
 本当にその通りだ。建設は死闘、破壊は一瞬である。
 学会は昔に比べれば、建物や施設の面でも格段に発展した。豊かになった。しかし、それを当たり前と思うようなことがあっては、絶対にならない。
 学会の財産は、会員の皆様の真心の浄財によるものである。学会本部や会館の備品一つにしても、決して粗末に扱ったり、無駄にすることがあってはならない。いい加減に考えてはならない。
 他方で先生は、こうも語っておられた。
 「私は、広宣流布のため、御本尊のために自分の金を使うのは、当たり前だと思ってやってきた」
 戸田先生は、牧口先生の時代から、学会の財政面の運営についても責任を担っておられた。広宣流布のために、自分のすべてを捧げるのは当然だと考えておられた。
 もちろん今は、時代も状況も違う。しかし、こうした「精神」を、最高幹部の皆様は断じて忘れてはならない。

 行き詰まらない不幸にならない 
 一、「立正安国」の哲理を根本として、「悲惨の二字」のない世界をつくりたい──これこそ、恩師の悲願であり、我らの誓願である。
 猛威をふるう自然災害に直面した時にも、わが創価の同志の連帯は、厳然たる、地域社会の「安心の柱」となってきた。
 私と妻は、愛する全国の友が絶対に無量無数の諸天善神から護りに護られるよう、朝な夕な、題目を送り続けている。
 戸田先生は語っておられた。
 「日蓮大聖人の教えは、宇宙大の生命力を発揮する教えである。
 生老病死という事象、天変地夭のような大事象にあっても、決して行き詰まることなく、堂々たる生命の闊歩ができるがゆえに、絶対に不幸はない」
 私たちが日々、読誦している法華経寿量品には「我此土安穏 天人常充満」──仏が住む国土は安穏であり、常に天界・人界の衆生で満ちている──と説かれている。
 偉大なる妙法に生き抜くならば、必ず、わが方面、わが地域に、何ものにも崩されぬ常楽我浄の仏国土が建設できる。この強き確信で、進んでいっていただきたい。

 個人だけでなく社会をも変革 
 一、仏教発祥の天地、インドの大学者も、創価の前進に深い期待を寄せている。
 私が対談集を発刊したロケッシュ・チャンドラ博士(インド文化国際アカデミー理事長)は、日蓮大聖人の仏法の卓越した特質について、こう語っておられた。
 「第一は、『普遍的な生命の尊厳』を説くことです。
"一切衆生が悟りを得ることができる"という主張が素晴らしい。
 すべての生命は神聖であり、本来的に悟りの可能性を具えているとす
る。
 すべての生命は、原罪などの悪ではなく、最高の善、尊厳性を具えているのです」
 さらに博士は、「日蓮仏法は、個々人の救済のみならず、社会の変革を説いています。人々が住む国土に仏界を顕現することを目指しています」と述べられた。
 人間を変え、社会を変え、平和と安穏の世界を築く。それでこそ、個人の幸福も確立される。
 全人類を照らしゆく「太陽の仏法」に、世界の知性は未来の希望を託しているのである。
 私たちは、人類史の新たな扉を開く「立正安国」「広宣流布」へ、さらに力強く大行進してまいりたい(大拍手)。