勝利のリズムで前進

今日より明日へ! 共に勇猛精進

朗らかに青春乱舞の春を!
堂々と スクラム強く 常勝頼まむ

 春来る
  我らの心も
    三世まで
  仏と共に
    青春乱舞を

 青年の前進ほど、頼もしいものはない。
 青春の勝利ほど、朗らかなものはない。
 躍動の春、歓喜の春は、若き瞳が希望に燃え、後継の友が喜び舞う時だ。
 わが師・戸田城聖先生も、いつも青年たちを慈愛の眼《まなこ》で包んでくださった。
 第2代会長に就任された翌年の昭和27年、戸田先生の大願を実現しゆくため、私たちは「二月闘争」で、75万世帯の弘教の達成へ突破口を開いた。
 その4月、恩師は青年部に次の和歌を贈って、讃えてくださった。

 若き芽の
  のびゆく姿
   ながめつつ
  妙法流布《こうふ》の旅は
   たのしくもある

 あれから60年、私も、まったく同じ思いで青年の大成長を見つめている。
 この4月1日には、福島県の若人たちが、日本全国で行われてきた「創価青年大会」の有終の美を毅然と飾ってくれた。
 大震災から打ち続く試練を、歯を食いしばって乗り越えてきた、何とけなげな青年たちか。
 「4・2」を記念日とする第2総東京の青年部も、意気軒昂である。
 青年大会は、韓国でも、全土75会場で、5万人の若き友が参加して、美事な青春乱舞を繰り広げてくれた。
 「このような立派な行事を今まで見たことがない」
 「この青年たちがいれば、地域の未来は明るい」等々と、実に多くの感嘆の声が寄せられている。
 いずこの青年大会の会場にも、場外など、陰で大成功を祈り、支えてくださっていた壮年部、婦人部の方々の真心の応援があったことを、私は忘れない。
 ともあれ、わが青年部は「5・3」へ、いやまして決意を漲らせ前進している。
 「我はためらふこともなく/ただ ましぐらに進みける」
 東北が生んだ青年詩人・石川啄木の言葉の如く、日本、いな、世界の後継の若人が新生の太陽を昇らせ、地域に友情と信頼の輪を広げてくれている。
 男子部は、広布の全責任を担い立って、一回りも二回りも、雄々しくなった。
 女子部の“華陽のスクラム”は、いよいよ清新に「女性の世紀」を輝かせている。
 学生部の英知の陣列は、目の覚めるような勝利への旋風を起こし始めた。
 大きな時代の夜明けが来たと、私は宣言したい。

 師弟して
  共に ともにと
     創価かな

 戸田先生が「学会は宗教界の王者なり」と師子吼され、広宣流布のバトンを託された3月16日──。
 願業を成就された恩師が、桜花の咲き誇るなか、安祥として霊山へと旅立たれた4月2日──。
 そして、恩師が第2代会長に推戴され、不二の私が第3代会長に就任した晴れわたる5月の3日──。
 「3・16」から「4・2」、そして「5・3」へ──この師弟不二の不思議なるリズムで、学会は大発展を遂げてきた。

青年よ一人立て!
 思えば、恩師が逝去された当時、学会は空中分解するとさえ言われていた。
 その渦中、私は青年部の同志と強く語り合った。
 「先生が残してくださった青年訓、国士訓の御遺言は厳然と存在している。特に学会の中でも異彩を放つ青年部として、我らは今後も堂々と進むべきである」
 師匠は、すべてを授けてくださっているではないか。何も心配することはない。あとは弟子が、師の構想の実現のために、どう動くかで、決まるのだ。
 「御義口伝」には「師子吼」の意義について、「師とは師匠授くる所の妙法 子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」(御書748ページ)と、明確に示されている。
 私は常に恩師と心で対話しながら、師弟不二の祈りと率先垂範の行動で指揮を執った。一人、前を向き、学会を前進させてきた。
 その思いに、2人、3人、100人と立ち上がり、やがて幾干、幾万の青年が続いてくれたのだ。
 恩師の1周忌には、「大白蓮華」に「今日から、さらに激戦が始まったのだ」と寄稿した。
 それは、私だけではなく、青年部の一致した決意となっていたのである。
 「3・16」「4・2」「5・3」というリズムを刻みながら、恩師の魂を継ぐ青年たちの力で、一つ一つの広宣流布の戦いも断固として勝利していった。
 さらに、私の会長就任直前の昭和35年4月には140万世帯を達成した。そして、その2年後には、恩師が弟子に託された300万世帯の拡大を、遂に勝ち飾ったのだ。
        ◇
 森羅万象に、さまざまな妙なるリズムがある。
 音楽のリズムはもちろん、正確なる天体の運行のリズムも、春夏秋冬という四季のリズムもある。
 本年、没後150年を迎えるアメリカの哲人ソローは、生生《しょうじょう》流転しゆく大自然の営みから、確かな蘇生のリズムを感じ取っていた。
 ソローは記している。
 「眠りについたときよりも高い生活に向かって目覚めるのでないとしたら、その日一日──仮に一日と呼ぶ価値があるとして──からは多くを期待することはできない」
 日々、太陽とともに新たな活力を漲らせ、昨日より今日、今日より明日へと、自身の生命を向上させ、貢献していきたい。これは、多くの先哲が志向し、探究してやまなかった人生の極致である。
 御聖訓には、「日月天の四天下をめぐり給うは仏法の力なり」(同1146ページ)と説かれる。
 まさしく大宇宙を動かしゆく本源のリズムこそ、南無妙法蓮華経なのである。
 「妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり」(同947ページ)と仰せの如く、題目の音律を響かせゆくところ、大宇宙のリズムに合致しながら、無限の生命力を自他共に蘇らせていけるのだ。
 この「南無妙法蓮華経」の題目を、非暴力の大英雄マハトマ・ガンジーも、自らの道場の祈りに取り入れていたことは有名である。以前、インド文化国際アカデミーのロケッシュ・チャンドラ理事長から頂戴した書簡に、綴られていた。
 「ガンジーは『南無妙法蓮華経』が、人間に内在する宇宙大の力の究極の表現であり、宇宙の至高の音律が奏でる生命そのものであることを覚知していました」と。
 この言葉は、創価大学で開催中の「法華経──平和と共生のメッセージ」展でも紹介されている。
 私たちは、一日一日、大宇宙の最極の生命の軌道に則って、勇猛精進している。そして、内なる大宇宙の可能性を開花させながら、自他共の幸福の大道を世界へと広げていくのだ。

新しき人材の陣列
 広宣流布のいかなる戦いにも、全員が主体者として立ち、勝利の旗を厳然と打ち立ててくれるのが、わが愛する関西の同志である。
 昭和57年3月には、あの長居陸上競技場で、忘れ得ぬ反転攻勢の「第1回関西青年平和文化祭」が行われた。第1次宗門事件の渦中のことである。
 文化祭の最初の演目は、青年の新会員による1万人の大行進であった。陰険な迫害をはね返す弘教のうねりの中、多くの友が入会した。その新しき人材を、一人ももれなく育て、幸福勝利への陣列に加えたいとの発露であった。そして、使命に目覚めた青年たちが、はつらつと躍動したのだ。
 クライマックスは男子部の組み体操。8基の5段円塔に続いて挑んだ、圧巻の「6段円塔」であった。
 場内の皆が息をのんで見つめ、祈る中、最上段の友が決然と立ち上がった。
 その瞬間に沸き起こった、会場を揺るがす嵐のような大拍手。そしてスタンドに躍った、紅に燃える「関西魂」の人文字──。
 あの大感動は、私の胸に焼き付いて、一生涯、いな永遠に離れることはない。
 文化祭で瞳を輝かせていた10万の友は、それぞれが誇りを胸に、あらゆる分野で活躍されている。
 先日、6段円塔を一番下で支えた友が、祭典から30周年の本年3月22日、晴れて博士号を取得したと伺った。仕事も、組織活動も、一切を全力でやり切りながらの栄光である。
 私は、関西の同志の勝報が、何よりも嬉しい。
 春4月は、関西の月だ。
 4・2「関西婦人部結成の日」、4・3「和歌山婦人部の日」、4・8「関西の日」、4・10「奈良婦人部の日」、4・15「神戸の日」、4・17「神戸婦人部の日」。4・24「常勝大阪・師弟誓願の日」「西大阪総県婦人部の日」等々、幾重にも節目を刻む。
 関西は、全世界の同志の憧れの天地だ。
 関西の前進を、全世界が見つめている。
 関西の勝利こそ、学会の勝利、世界の勝利なのだ。
 ゆえに、関西よ、わが大関西よ、これからも常勝の金字塔を、断固と頼む!

 堂々と
  また悠々と
   大関西
  スクラム強く
    常勝 頼まむ

 石川啄木の言葉は『啄木全集 第2巻』(筑摩書房)、ソローは『森の生活』飯田実訳(岩波書店

洋々たる広布の新航路を!
張り切って動こう 語ろう 勝ち切ろう

 生活の
  リズムをつくれや
   信心で
  健康 長寿を
    賢く生きぬけ

 4月は、就職や進学、また転居など、新しい生活をスタートする時である。
 張りのある勤行・唱題を起点として、聡明に、はつらつと、新生活のリズムを創り上げていただきたい。
 決して難しく考える必要はない。
 まず張り切って、一歩を踏み出すことだ。たとえ、つまずいても、朗らかに、たくましく、次の一歩を踏み出せばよい。
 今日一日を勝つことだ。仮に、今日うまくいかなくても、心機一転して、明日は勝っていけばよい。
 「最初の一歩は最後の一歩につながる。最後の一歩も最初の一歩からである」
 これは、イタリアの登山家ラインホルト・メスナー氏の信念である。大けが等にも屈せず、人類初となる8000メートル峰・全14座の完全登頂を成し遂げた。
 前進の途上には、言うに言われぬ試練もあるだろう。しかし臆していては、勝利の峰に到達できない。
 私も、40代前半の頃、無理がたたって、大きく体調を崩してしまったことがある。高熱が打ち続き、ペンを手にすることさえ思うようにならなかった。
 その時、私は、日々、一枚でも原稿を書き残そうと挑戦した。一枚書くごとに「正」の字の一画を記し、5枚、10枚と積み重ねて、作品を完成させていった。
 こうした挑戦は、その後の私の執筆活動に、またトインビー博士をはじめ、世界の知性との対談集などにすべて生きている。
 行き詰まりを突破するためには、今、自分ができることから始めることだ。その小さな挑戦を、根気強く繰り返すことだ。それが、自分自身を飾る黄金譜となることを忘れまい。
        ◇
 恐れずに
  今日も唱題
   晴れの日日

 今、長引く不況で、悪戦苦闘を余儀なくされている友も少なくないであろう。
 しかし、日蓮大聖人は、「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとな(唱)へゐ(居)させ給へ」(御書1143ページ)と、我らを励ましてくださっている。
 「人間革命」の戦いは、遠くにあるのではない。
 まず、祈りから始まる。朗々たる朝晩の勤行・唱題で出発するのだ。
 御書の一節でもいい。声を出して拝し、生命に刻みつけていくことだ。
 一人の友でもいい。勇気を出し、思い切って語りかけてみることだ。
 仕事においても、今いるその場所で、必ず勝利すると決めることだ。
 新たな決意で「行」を立てる。「行動」を起こすことから、「人間革命」の劇が始まる。その一人ひとりの努力の結集こそが、異体同心で進む、広宣流布の大河を開きゆくのだ。
        ◇
 世界的な音楽家で、ブラジルSGI(創価学会インタナショナル)の交響楽団の特別顧問でもあられるビエイラ氏は強調された。
 「音楽の『ハーモニー』の中にこそ、人間の『エゴ』を克服させゆく鍵があります」
 私たちの実践でいえば、ハーモニーとは、人間主義の誠実な振る舞いを通し、地域の人びとに広げゆく「共感」であろうか。
 「調和社会の建設とは、現実においては『人の心』の建設です。『人の心の和』が調和社会の基礎です」
 こう語られた中華文化促進会の高占祥主席が大きな期待を寄せてくださっているのも、創価の前進のリズムとハーモニーである。

“妙法の母”は強し

 妙法の
  母に勝《まさ》れる
   ものはなく
  大聖人は
    断固と守らむ

 弘安年間の5月3日、日蓮大聖人は、窪尼御前と呼ばれる一人の女性に御返事を送られた。
 大聖人の佐渡流罪の大難にも、夫妻で一歩も退かなかった。病で夫に先立たれた後も、熱原の法難に微動だにせず、娘と共に勇気ある信心を貫いた母である。
 大聖人は、この母を讃えられ、「いよいよ御信用のまさらせ給う事、たうとく候ぞ たうとく候ぞ」(同147ページ)と仰せになられている。
 大変であればあるほど、いよいよ強盛なる信心を奮い起こしていく。この大聖人に直結する母の信心は、今、そのまま創価の婦人部に脈打っている。
 この5月3日付の御書には、「日蓮はいやしけれども経は梵天・帝釈・日月・四天・天照太神八幡大菩薩のまほらせ給う御経なれば・法華経のかたをあだむ人人は・剣をのみ火を手ににぎるなるべし」(同ページ)とも烈々と記されている。
 この御本仏の御心とともに、祈り、戦う。これほど誇り高く、これほど恐れなき人生があろうか。
 わが創価の婦人部こそ、未来永遠に全宇宙の一切の仏菩薩、諸天善神に守りに護られゆく方々である。
 “常勝大関西”の草創の母がしみじみと語られた言葉が、私の胸に蘇る。
 「自己の宿命に泣き、赤貧洗うが如き生活状況から信心を始めた私たちが、人を救い、社会を変えるために歩き回るようになるなんて、夢のような話でした。しかし、それが、そのまま現実に功徳の実証となって、見事なる常勝の源流を築いていったのです」と。
 妙法の功力は絶対である。「煩悩即菩提」の法理に照らされ、自分が苦しみながら、祈り悩んだ分だけ仏の智慧と力を出せる。「宿命」を「使命」に変え、「苦労」を「励まし」に転じて、苦悩の友に希望と勇気を贈り続けていく──。
 この常勝の母たちの涙と笑いがある限り、創価家族は永遠に負けない。
 あの人権の大英雄マンデラ元大統領が、27年半に及ぶ獄中闘争を勝ち越えることができた、大きな支えは何であったか。
 それは、生前最後の手紙にまで、「自分の信念の正しさを信じ、信念のために闘いなさい」と励まし続けてくれた母上であられた。その崇高な母の心を知ることで、「誇り」と「喜び」は100倍にも膨れ上がると、元大統領は記されている。
 来る5月3日は、「創価学会母の日」である。
 それは、広宣流布ひとすじに生き抜いてこられた尊き母たちを心から讃嘆する日である。とともに、その使命のバトンを、最高の「誇り」と「喜び」をもって青年たちが受け継ぐ日なのである。
        ◇
 「5・3」は常に新たな出発の日だ。
 私は、恩師が逝去された直後の5月3日では、「七つの鐘」の構想を発表した。
 第3代会長就任10周年の時には、弘教のつながりに基づいた“タテ線”から、地域を基盤とした“ヨコ線”(ブロック)の組織への移行など、前進の指標を示してきた。
 「3・16」「4・2」を勝ち越え、新たなる展望を見据えつつ、次なる拡大、発展に打って出る。これが「5・3」に脈打つ勝利のリズムである。
 嬉しいことに、この20日には、わが聖教新聞の創刊61周年を迎える。不思議にも、この記念日も、勝利のリズムの中に燦然と輝いている。
 御聖訓には、「此の妙法蓮華経を信仰し奉る一行《いちぎょう》に功徳として来らざる事なく善根として動かざる事なし」(御書500ページ)と御断言であられる。
 大聖人の御心のままに、妙法を唱え、張り切って動き、快活に対話し、仏縁を結び広げていく──この学会活動の一つ一つが、どれほど偉大な仏道修行か。
 どこまでも地道に、一つ一つ、やり切っていく。
 どこまでも勇敢に、一つ一つ、勝ち切っていく。
 そこに、無量の功徳が集まり、無辺の善根が広がっていく。縁するすべての人びとも、希望の人生へ、幸福の人生へと、リードしていくことができる。
 「立正安国論」には「人の心は時に随って移り」(同31ページ)と仰せだ。心は動き、心は変わる。我らの行動は、その「時」を創り、万事、善き方向へ動かしていく。これが、妙法の絶対勝利のリズムなのである。
 さあ、わが親愛なる同志よ、友情を広げゆこう!
 正義を語り抜こう!
 そして「5・3」を晴れ晴れと勝ち飾り、洋々たる広布の新航路を、共々に開いていこうではないか!

 いざや征け
  勝利の人生
    この一生
  楽しく飾れや
     君も 私も

 メスナー氏の言葉は『生きた、還った』横川文雄訳(東京新聞出版局)、マンデラ氏の母の手紙は『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』長田雅子訳(明石書店)。