海外・東京婦人部代表協議会 下



◆◆◆幸福になるための仏法
◆◆わが人生に悔いを残すな。


 一、人生は、あっという間に過ぎていく。一日一日が大事である。
 「自分は、こんなにも幸せになった!」という輝く証(あかし)を残せなけ
れば、さびしい。損である。
 三世にわたって幸福になるための仏法である。一切に勝利するための仏法で
ある。
 御書に「悪知識を捨てて善友(ぜんゆう)に親近(しんごん)せよ」(12
44ページ)と記されている通り、善友とともに進むのだ。わが人生に悔いを
残してはならない。

■現実を変えゆく行動主義の団体
 一、私がともに対談集『社会と宗教』を発刊した、国際宗教社会学会の初代
会長で、オックスフォード大学の名誉教授であられるウィルソン博士は、かつ
アメリカSGI(創価学会インタナショナル)のボストン会館で講演された。
 その折、社会に生きた宗教運動としての創価学会の特質を、次の10点にわ
たり評価してくださっている。
 (1)一般の市民による在俗の団体である
 (2)日常の生活に根差した実践的な運動である
 (3)人々の救済のための幅広い条件を備えている
 (4)積極的な人生を教える現実肯定の宗教である
 (5)現実生活での価値創造に力点を置いている
 (6)既成の僧侶仏教の制約から解放されている
 (7)地域の組織が人々の相互扶助の役割を果たしている
 (8)社会に積極的に開かれ、文化的な価値創造をしている
 (9)行動主義の団体である 
 (10)(後ろ向きに)罪を悔いる宗教でなく、幸福を追求する宗教である。
 一つ一つ、的を射た指摘である。
 21世紀の世界宗教として、日蓮大聖人の仏法の真価が、本格的に発揮され
る時代となった。
 どうか、その自負と自信をもって、地域に、社会に、世界に、一段と力強く
貢献を果たしてまいりたい。
 一、日蓮大聖人は、門下の椎地四郎(しいじしろう)に「師曠(しこう)の
耳、離婁(りろう)の眼のように、聞き、見ていきなさい」(御書1448ペ
ージ、通解)と仰せになっている。
 師曠と離婁は、それぞれ、耳と目が大変優れていたことで知られる中国の人
物である。
 "指導者は、師曠のような聡(さと)い耳で、世間の情報を聞きとれ! "
 "離婁のような慧眼(けいがん)をもって、広布のため、人々を救うため、仏
法を弘めるため、勝利のため、社会の動向を鋭く見極めよ! "との御心と拝さ
れよう。
 リーダーの皆さまは、賢明にして的確な広布の名指揮をお願いしたい。

   【国際宗教社会学会の初代会長】
     
     創価学会は――
     生活に根ざした運動
     積極的な生き方を教える
     僧侶仏教の制約から解放
     地域の組織で相互扶助
     社会に開かれた文化を創造
     
■「水魚の思い」で
 一、きょうは、アメリカ、イタリア、ドイツ、香港、ザンビア、そして、東
京の婦人部の代表の方々が出席してくださっている。
 「創価の女性の世紀」は、いやまして、光彩を広げている。
 大聖人の御在世も、仲良く麗しい女性の門下の団結の姿があった。
 佐渡の千日尼と国府(こう)尼に大聖人は、「同心のお二人だから、この手
紙を人に読ませて、二人そろって、お聞きになられるがよい」(同1324ペ
ージ、通解)と仰せである。
 さらにまた、日眼女(にちげんにょ=四条金吾夫人)への御手紙にも、「こ
の手紙は、藤四郎殿(とうしろうどの)の夫人と常に寄り合って御覧なさい」
(同1114ページ、通解)と記されている。
 どうか婦人部の皆さまは、ますます、仲睦まじい和楽の行進をお願いしたい。
 「異体同心」でなければ、功徳は出ない。広宣流布もできない。
 せっかく信心をしても、和合を壊し、団結を崩してしまえば、仏罰を受けて
しまう。これほど愚かなことはない。
 今一度、「生死一大事血脈抄」の重大な御金言を深く拝してまいりたい。
 「総じて日蓮の弟子・檀那等が、自分と他人・彼とこれと隔(へだ)てる心
なく、水と魚のように切り離せぬ親密な思いをなして、異体同心に南無妙法蓮
華経と唱えたてまつるところを生死一大事の血脈とはいうのである。しかも今、
日蓮が弘通するところの肝要(かんよう)はこれである。もし、その通りに進
んでいくならば広宣流布の大願も成就するであろう」(同1337ページ、通
解)

◆◆創価の女性は平和の太陽
 【プルターク】「正義の雄弁」は無敵
 【トルストイ】常に真実を語り実行せよ

■「家庭」「地域」が平和の土台! 
 一、私は現在、アメリカの「平和の文化」の母として名高い、ボールディン
グ博士と対話を進めている。
 〈月刊誌「パンプキン」の新年号から連載開始予定〉
 第1回の対談の中で、博士と私は、家庭と地域社会に大きく光を当てて語り
合った。
 博士は、こう言っておられた。
 「人びとの側に平和をもたらす準備が整わなければ、どうして平和を実現で
きるでしょうか。私は、平和の土台が、実は"家庭"の中にあり、"地域社会"の中
にあることを確信していました。
 そこで私は、まず隣人たちについて知ろうと思いました。お互いが助け合う
ためには、どうしても近くに住む人たちを、よく知る必要があるからです。そ
れはひとえに、お互いが助け合うためです。
 平和は、たんに危機に対処(たいしょ)するだけではなく、お互いが日常的
に助け合うなかにあります。
 家庭、そして地域社会こそが、極めて重要な平和の出発点なのです」
 こうした思いから、博士は、創価学会婦人部が取り組む草の根の対話運動に、
絶大なる信頼と期待を寄せておられるのである。
 時代は、ますます混迷の闇を深めている。それぞれの地域社会にあって、創
価の女性のスクラムこそ、灯台のごとく、太陽のごとく、希望の光明を放ちゆ
く存在だ。
 どうか、身近な近隣から、平和と正義と幸福の連帯を、明朗に、快活に、伸
びやかに広げていっていただきたい。

■今こそチャンス 邪悪を攻め抜け
 一、皆さま方は、広宣流布の英雄である。
 その皆さまに、私が青春時代から愛読してきた、古代ギリシャの『プルター
ク英雄伝』の言葉を贈りたい。
 「すべての民主政には誹謗者が附(つ)いているものと極まっている」(河
野与一訳、現代表記に改めた)
 その通りである。ゆえに、卑劣な嫉妬の誹謗などに絶対に屈してはならない。
 
 決然として打ち破り、打ち勝っていくことが、民主主義を守ることである。
 また、プルタークは語っている。
 「嫉妬心も若い人のは競争心だの奮発心だの名誉心だのと美名で蔽(おお)
われるが、老人にあっては季節外れでみっともない」(同)
 仏法において、釈尊に敵対し、破和合僧の大罪を犯した提婆達多も、大聖人
に讒言(ざんげん)を浴びせ、陰謀(いんぼう)を謀(はか)った良観も、全
部、その根っこには、どす黒い嫉妬があった。
 広宣流布への和合を破壊しようとした日顕も、その根底が嫉妬であることは、
憂宗護法同盟や改革同盟等の方々が鋭く指摘されているところだ。
 『プルターク英雄伝』には、「あらゆる徳性のうちで正義心から来る名声と
信頼ほど人々を憎ませるものはない。というのは、正義信が特に民衆から勢力
と信頼を得るからである」(同)とある。これまた、正しい洞察だ。
 正義ゆえに迫害される。この本質を鋭く見抜き、勇敢に戦っていくことだ。
 勝利の時こそチャンスである。極悪を攻めて攻めて攻め抜くことだ。
 「始めは事なきやうにて終(つい)にほろびざるは候はず」、(御書119
0ページ)の御金言は絶対である。

 一、さらに『プルターク英雄伝』には、「雄弁がいかに大(だい)なる魅力
を善き事に与うるものであるか、正義が巧みに語らるるときいかにそれが無敵
の力を発揮するか」(鶴見祐輔訳)とある。古代ローマの雄弁家キケロを評し
た言葉である。
 学会も、庶民の雄弁、女性の雄弁、青年の雄弁で勝ってきた。これからもそ
うだ。
 そして、ロシアの文豪トルストイは言った。
 「真実を口にしたり実行したりするのは重大事に必要なだけだ、などと思っ
てはならない。真実を口にしたり実行したりする事は常に必要だ」(原久一郎
訳)
 どうか、「正義の言論の英雄」となって、無敵の勝利の力を示し切っていた
だきたい。

 一、結びに、御聖訓を拝したい。
 「第六天の魔王は、十の魔軍(まぐん=魔の軍勢)を起こし、『生死(しょ
うじ=迷いと苦悩)の海』の中にあって、この娑婆世界を取られまい、奪おう
として、法華経の行者と争っている。日蓮は、第六天の魔王と戦う(法華経
行者の)身に当たっており、大兵(たいへい)を起こして戦うこと二十余年で
ある。その間、日蓮は一度も退(しりぞ)く心はない」(同1224ページ、
通解)
 我らもまた「退く心」なく、生命の威光勢力を増しながら、人間共和の希望
歓喜と栄光の陣地を断固として死守し、広々と勝ち広げて、壮大なる歴史を
飾り、偉大なる大福運の人生を送りゆくことを、決意し合いたい。
 終わりに、皆さま方のご健康とご活躍とご長寿を、心からお祈り申し上げま
す。
 大切な広宣流布の闘士である皆さまが、絶対に幸福になるように、断じて勝
利を勝ち取るように、私は一生涯、祈ってまいります。
 お帰りになりましたら、どうか、同志の方々に心からよろしくお伝えくださ
い。シー・ユー・アゲイン! (英語で「またお会いしましよう! 」)(大
拍手)
(2003・11・15)