若き乙女の 平和と幸福の城

                                 山本 伸一
 
私たちの
生命の世界は
果てしなく
美しく広がっている。

それは
幸福の城である。
正義の城である。
和楽の城である。
同志の城である。
桜の城である。
笑顔の城である。
広布の城である。
妙法の城である。

そして
生命の広場が
人間の広場がある。
朗らかな広場が
勝利の広場が
完勝の広場がある。

そこには無限に
緑が
花が満ちあふれ
金の道が
銀の道が続いている。

ここでは
皆が智者である。
皆が賢者である。
愚昧な人は一人もいない。
そびえ立つ魂の
宝石の広場である。

太陽が輝きわたる朝!
清々しき朝
爽やかな朝
勝負のための朝
地道な生活の前進の朝!

今朝も目覚めて
御書を拝した──
その乙女の姿は
我々の想像を絶する
大きな意志と
幸福のための強い信念に
満ち満ちている。

いま 世界のいずこに
このような尊き
乙女がいるであろうか。

輝く朝日は
青春の進歩の道を
歩み始める貴女を
厳寒から守り
無量の福運を
与えてくれているのだ。

それは
永遠の
そして偉大なる
幸福の日の出の旅路だ。

乙女の歩みゆく
希望の足並みには
毎日 朝の生きゆく讃歌が
流れている。

いつもいつも
普段通りの服装であるが
栄光の鏡に照らされて
あまりにも美しい。

有名な人が偉い人か?
資産家の人が
必ずしも
幸福とは言えないのだ。
絶対にそうではないのだ。

御聖訓に
「心こそ大切なれ」と
仰せの通り
自分自身の心が
どうであるかだ。
無限に輝きゆく
豊かな魂であるかだ。

焦りと見栄と
貪欲のために
美貌を追っている
儚い魂などは
侘しく愚かな青春だ。

破滅しゆく人びとも多い
そのなかにあって
貴女は
常に広布のために
颯爽と出かける。

寒い夜空の下
いつもと同じ道も
美しき夢を見つめながら
英雄の如く
救世主の如く
前へ歩みゆく。

それは
星の光に照らされる
金銀の道である。
そこには
小川が月光に煌めいて
美しい。

この気高い心の
平和の庭は
永久に
諸天の善神が讃え
護りゆかんとす。

貴女が
広宣流布のために戦いゆく
夜道の風は
貴女の健康のために
吹いている。

人生の最高の道たる
広布の道を
悔いなく
歩みゆくがゆえに
あの月の光は
貴女の心の幸福城を
賞讃しているのだ。

名門校を出た人は
それなりの資格を持ち
よき人生道を進むことが
できるかもしれない。

しかし
大仏法を奉じ
一生成仏の大道を
歩み抜く人は
その栄誉よりも
百千万億倍の栄光と資格と
幸福の決定打が
厳然と約束されているのだ。

世間的な資格や地位が
ある人だけが
勝利者であり
福者であっては
不公平である。

仏法は
「平等大慧」だ。
要するに 誰もが
いな苦しんだ人こそが
勝利と栄光と
幸福と満足の
最高位の人生を歩み
勝っていく
方程式なのである。

貴女よ!
学歴が何だ。
学歴で
幸福は決定されない。
貴女よ!
職業で
幸福は決まらない。

卑屈になるな!
断じて
卑屈になるな!
人間は人間である。
青春は青春である。

仏法では
「本有常住」「常寂光土」と
教えられている。
汝自身がいる所が
仏国士だ。
貴女たちが
作業しゆく場所が
仏道修行の道場だ。

嫉妬などするな!
汝自身が最も
智慧と勇気と幸福の宝を
持った存在であることを
知悉しなければ
損をする。

あの有名人の
結婚後の不幸な姿よ!
あの騒がれゆく
人気のスターの
零落れた敗北の姿よ!

幸福は
遠くにあるのではない。
名声の中に
あるものでもない。
人気の中に
あるものでもない。

正しく生き抜く
汝自身の胸中に
宇宙大の幸福が
漲っているのだ。

汝自身でいい。
小さな世界でいい。
そこから
無限大の幸せを
広げていけるからだ。

自動車の故障には
修理工場がある。
病気の人には
医学の治療の病院がある。
学者になるためには
それなりの学位を取れる
学校がある。
永遠の生命のためへの
明快なる解答を
示してくれる大仏法が
この世にあっても
不思議ではない。

多くの人が
これを知らない。
多くの人が
これを信じない。
多くの人が
実践しようとしない。
信仰しようとしない。
本当に愚かで
損な人生を歩んでいる。

賢者は
勝利と幸福に
なりゆくための
何らかの努力の方法と
人生の最高の栄誉を
掴もうとしている。

その結論的な解答を
与えたのが法華経である。
この法華経の真髄とは
寿量品に説かれている。
なかんずく
自我偈に明快である。

自我偈の始めは
自我得仏来の「自」
そして終わりは
速成就仏身の「身」──。
ここに
仏法の根本がある。
信仰の根本の意義がある。

御聖訓に云く
「自とは始なり
 速成就仏身の
 身は終りなり
 始終自身なり」

「自身」──
自分自身である。
自分自身のための
仏法である。
自分の勝利のための
仏法なのである。

父の亡くなった人もいる。
母の亡くなった人もいる。
しかし仏法は
「生死不二」を
明かしているから
決して寂しがってはならない。

生命は永遠であるがゆえに
一緒の生命体となって
楽しく
意義深い親子となって
朗らかに
勝利の人生を
重ねていくことができるのだ。

この普遍にして
崇高な精神が
仏法であるのだ。
信仰であるのだ。

仏法は
「現当二世の為なり」と
御書には示されている。
すなわち「現在」
そして「未来」のための
無限の希望の法理である。

ゆえに「過去」になど
囚われることはない。
後悔や感傷などに
負けてはならない。
歓喜の中の大歓喜」の
妙法を唱えながら
今日から明日へ
快活に進みゆくのだ。

カーライル──
彼はイギリスの
書名な歴史家であり
スコットランドの出身である。

スコットランドといえば
名門グラスゴー大学
私は熱く思い出す。
一九九四年の六月十五日
五百年の伝統を誇る
この最高峰の名門校より
名誉博士号を
厳粛な講堂で
授与されたのである。

大英国の
歴史に残る繁栄を誇った
十九世紀において
この大哲人は
思想界で指導的な役割を
果たした。

作品に
『英雄および
 英雄崇拝』などがある。
私の青春時代
彼の著作を読んで
その大事な点を
ノートに抜き書きしたことが
懐かしい。

この哲人カーライルが
多くの国民から
尊敬を寄せられる
きっかけとなった
名高い大学講演がある。
それは
私の若き胸に
強く刻まれた。

彼は青年たちに
「良書」と「悪書」を
峻別せよ!
悪書は害毒を流す。
厳重に注意せよ!
と戒めた。
その通りであると
深く思っている

文豪ゲーテ
師と仰いだ彼は
珠玉の良書を宣揚し
高らかに叫んだ。
「英知は偉大であり、
 その価値は無限」と。
世界的に知られる言葉である。

いつもいつも
聡明な気品を
笑顔に変えて歩みゆく
わが女子部の娘たちよ!

一人の乙女の勝利が
一国を救った歴史がある。
生命を賭けて
民衆を護った
ジャンヌ・ダルク
忘れるな!

一家にあっても
職場にあっても
いずこにあっても
その勝利の源泉の
方程式は同じだ。

蓮祖大聖人は
「一代聖教の中には
 法華経第一・
 法華経の中には
 女人成仏第一なり」と
断言なされている。

女人成仏こそが
手本となって
一切衆生の成仏が
説かれたのだ。
ここに
重大な法則がある。

法華経
「女人成仏」を示した
竜女は凛々しく宣言した。
「ただ仏のみが
 私の成仏を
 知ってくださっています。
 私は大乗の教えを説いて
 苦悩の衆生
 救ってまいります」

師恩に報いようとする
この気高き一念に立って
彼女は
「女性の幸福」即
「全人類の平和」の大道を
開き進んでいったのである。

恩師は厳しく叫んだ。
「大人は偉くなると
 狡くなる。
 男子は
 無謀な一面があって
 危ない。

 乙女は
 いかなるところでも
 美しく平和であり
 皆に温かな光を与える。
 絶対に乙女を
 大事にしなければ
 平和の永続はない」

太陽の光に包まれながら
青春を舞いゆく乙女よ!
この世の
無量の人びとに
平和と安穏と
そして幸福と
清らかにして美しき
香風を贈りゆく
乙女の存在は
宝の中の宝だ。

この乙女らを大切に
この乙女らの前途の
幸せを考えながら
指導者が進みゆくとき
戦争など絶対に起こらない。
平和の真髄!
それが乙女なのだ。

皆が祈っている。
いな 皆が
祈っていかなければならぬ。
素晴らしき清純な乙女が
溌剌と健康であり
絶対に事故が
あってはならない と。

そして
私と妻も祈っている。
偉大なる創価の乙女に
無限に光り輝く
幸福と栄光あれと!


             二〇〇八年三月三日    桃の節句
                         桂冠詩人
                         世界桂冠詩人
                         世界民衆詩人