永遠の常勝関西を讃う 上



大阪・京都・滋賀・福井・兵庫・奈良・和歌山

民衆は勝った! 弟子は断固と勝った!  池田 大作

 関西が

  ありて楽しや

    師弟不二

私は

人間が好きだ。

皆と朗らかに生き抜く

ありのままの庶民が

大好きである。

私は

気取り屋が嫌いだ。

特権を振りかざして

威張り腐った貴族が

大嫌いである。

おお 関西!

いずこにもまして

深く愛する「人間の都」よ!

わが人生の宝と光る

魂の永遠なる故郷よ!

ああ 常勝関西!

大関西!

誰人にもまして

固く信じ合える

「元初の親友」よ!

関西は明るい。

関西は温かい。

関西は正しい。

関西は賢い。

関西は鋭い。

そして

関西は逞しい。

関西は強い。

これは

師匠・戸田城聖先生も

話しておられた。

悪逆のナチスと戦った

ドイツの劇作家ブレヒトの叫びを

私は忘れることができない。

「賢明なひとびとは

 ひとを賢明に、

 善良なひとびとは

 ひとを善良に、

 勇敢なひとびとは

 ひとを勇敢にする」

その通りだ。

それが関西の友だ!

常勝の師弟こそが

皆を常勝にするのだ!

仏法の眼目は何か。

正義であり

信念である。

そして

信念であり

勝利である。

邪悪を打倒し

大善へと

善導する力である。

また仏法の眼は

人の心がわかる眼である。

善悪がわかる眼である。

勝利のための眼であり

幸福のための眼である。

邪義を糺す

正義の眼である。

永遠を見通す

大法則の眼である。

そして

仏法の心は何か。

それは

絶対の平和の建設である。

絶対に戦争を廃絶しゆく

怒涛の如き

厳しく正しき魂である。

御書に説かれた

「立正安国」の世界の

実現のために

労苦しゆく心こそ

尊厳な生命なのである。

関西に誕生した

伝教大師

正しい仏法を求め

実践する人こそ

国宝なりと

断言された。

この永遠不滅の大正道を

この人生究極の大聖業を

心と心に抱きながら

偉大なる

世界市民が連帯する

人間共和国こそ

我らの大関西なのだ!

関西は

広宣流布の先頭に

立ち上がってきた。

大関西は

あらゆる迫害を乗り越え

打ち破り

妙法広布の大道を

創り上げたのである。

 関西の

  勝ち抜く心の

   その深さ

  讃天も誉めなむ

    諸仏も讃えむ

あの「法華経」に説かれる

地涌の菩薩の群像が

大地から躍り出て

真っ先に行ったことは

いったい何であったか。

それは

師匠と仰ぐ釈尊への

感謝の尊敬礼拝であった。

最高の礼儀を尽くして

わが尊き師

わが偉大なる師を仰ぎ

讃歎申し上げたのであった。

そして

本門の弟子たちの指導者

すなわち

第一に上行菩薩

第二に無辺行菩薩

第三に浄行菩薩

第四に安立行菩薩という

四人の大菩薩は

師・釈尊に申し上げた。

その第一声は──

「師は健やかであられるか。

 師を煩わせる者はいないか。

 師はお疲れではないか」と。

ひたぶるに師を案じてやまぬ

弟子の赤誠の聞いであった。

地涌の菩薩とは

師弟の道の真髄を

体現した生命なのだ。

初代・牧口先生と

二代・戸田先生の師弟は

この通りであった。

二代・戸田先生と

三代の私の実像も

この通りであった。

この尊極の師弟を乱す者は

いかに幹部たりとも

堕地獄である。

今は惑世末法である。

乱闘や戦争や喧嘩などの

闘諍が絶え間なく

人間の行為ではなくして

動物の行為が渦巻いている。

そういう世界にあって

広宣流布を成し遂げゆく力は

どこから生まれるのか。

それは ひとえに

師を思い

師を護り

師に応えゆかんとする

弟子の誓願の一念で決まる。

これが仏法の極意であった。

ともあれ大関西こそ

大法私通の大指導者であられる

戸田城聖先生を師として

師の御心のままに

創価のため!

広布のため!

平和のために!

不惜身命で立ち上がった

師弟城なのた。

まさしく大関西こそ

師匠が深く深く決意していた

「絶対勝利の信心」を

弟子が実践し

証明してみせる宿命の天地だ。

試練と戦い

苦難を勝ち越え

偉大な師匠の正義を打ち立て

宣揚しゆく

永遠の常勝の都なのだ。

 関西と

  共に共にと

    今世かな

私は関西で

広宣流布の旗を

大きく振った。

東京を 中部を励ました。

戸田先生は喜んでくださった。

関西は古来

歴史を回天させゆく

大舞台であった。

「此れこそ

 宇治川を渡せし所よ

 是こそ

 勢多を渡せし所よ

 名を揚るか

 名をくだすかなり」

蓮祖は

仏法勝負の覚悟を

そして

広宣流布と人生の

大勝利の方程式を

かくの如く説かれた。

ともあれ

真剣勝負である。

この心を忘れずに

戦い抜くところに

勝利がある。

私の大好きな若武者・義経

鵯越の奇襲で勝った

一ノ谷の戦い

関西であった。

大桶公・楠木正成

わが子・正行が後継を誓いし

崇高な父子の劇も

関西の桜井の天地であった。

大関西は

多くの歴史の

厳しき勝敗の戦場となり

人間同士の修羅場の絵巻が

繰り広げられていった。

時代は動き

時代は回り

時代は前進する。

この激しき

戦闘の大地にあって

名高い英雄たりとも

果たし得なかった

より次元の高い

より次元の深い

「常勝」という奇跡を

半世紀を超えて

私と打ち立ててきたのが

誉れの関西である。

世の武将らの戦いは

天下を取るためであった。

貪欲な権力の葛藤であった。

一族の興亡のための

狂乱的な転戦であった。

これに対して

広宣流布

全人類が等しく

幸福になり

平和になりゆく

犠牲なき戦いである。

人生は勝負である。

社会も勝負である。

仏法は勝負である。

広宣流布も勝負である。

幸福になるか

不幸になるか。

自分に勝つか

弱さに負けるか。

平和と希望の楽土を築きゆくか

混乱と苦悩の流転を続けるのか。

仏が説かれた通り

この婆婆世界は

仏と魔との

職烈な攻防戦だ。

如説修行抄に宣わく。

「或はせめ返し

 せめをとしすれども

 かたきは多勢なり

 法王の一人は無勢なり

 今に至るまで軍やむ事なし」

青春時代

体の弱かった私は

師に生命を捧げ

戦う弟子の模範を遺して

広宣流布の戦場に

死ぬ覚悟だった。

師弟不二とは

 斯くなるものである」との

実像を残したかったからだ。

恩師・戸田先生は

私の心に気づいて止められた。

「お前は死のうとしている。

 それは困る。

 断じて生き抜け!

 俺の命と交換するんだ」

師の厳愛の叱咤に

私は渾身の力で奮い立った。

この師のために

断じて生き抜くのだ!

断じて戦い勝つのだ!

広宣流布の血脈は

弟子の勝利にこそ

流れ通うからだ!

 大関西

  常勝祈らむ

     師のために

昭和三十一年−

戸田先生は

ご自身の体調の衰えを

意識されながら

日本の平和の運命を開く

非常に重要な布石を

次々と打っていかれた。

大衆に尽くし抜く

清廉な人材を政界へと

参議院選挙の支援も

その一つであった。

全国区に四名。

そして

東京地方区と

大阪地方区である。

世帯数から見ても

歴史と伝統の上からも

東京は絶対に勝てる。

大阪は必ず負けると

皆が分析していた。

戸田先生のもと

最高幹部が協議して

それぞれの責任者が人選された。

東京の中心者として

任命された幹部は慢心して

戦う前から祝宴を行う

ありさまであった。

結果は惨敗である。

戸田先生の嘆きは

あまりにも深かった。

先生の寿命をも縮める

痛手となってしまった。

敗北必至とされる

大阪の指揮を託されたのは

私である。

──大阪は勝てるわけがない。

これで

朝日の昇るが如き

池田君の人望も落ちるだろう。

ざまあみろだという

底意地の悪い

東京の幹部もいたそうだ。

しかし私は

師・戸田先生のため

愛する関西の同志のため

わが学会の未来のため

民衆の新時代のため

法華経を将軍学として

一念に億劫の辛労を尽くしつつ

ただ勝利へ向かって出陣した。

恩師は 東京の本部。

私は 関西の本部。

いる場所は離れていても

心は一体であり

戦いは不二であった。

夜半 電話の前に正座しては

先生が眼前におられる如く

一日また一日の前進と勝利を

つぶさに報告申し上げた。

それはそれは

厳粛な時間であった。

ひとたび先生の来阪となれば

自由自在に師子王の

大指揮を執っていただくために

万事万端の準備を整えた。

偉大なる師匠と

関西の同志の結縁のために

深い深い祈りを重ねた。

師匠に常随給仕し

一心不乱に戦い抜く

私の弟子の修行をば

関西の全同志は

そのまま生命に焼き付けた。

「よき弟子をもつときんば

 師弟・仏果にいたり

 あしき弟子をたくはひぬれば

 師弟・地獄にをつといへり」

真の弟子の戦いを

私から学び取ったのが関西だ。

よき弟子の道を

私から受け継いだのが関西だ。

そして この創価の魂を

世界に伝えているのが関西だ。

格好だけの弟子はいらない。

狡賢い弟子はいらない。

要領と口先だけの

臆病な弟子も全く必要ない。

 関西の

  同志は私の

     心かな

トルストイは喝破した。

「そのためには死んでもいいと

 思う何かを持たない人間は、

 不幸な人間である」

私は

そして関西の我らは!

広宣流布の前進のために

命を賭けた。

庶民の幸福と勝利のために

骨身を惜しまず戦った。

悪意と無理解の矢のなかを

忍辱の鎧を着て

勇気と誠実を武器に

「かしこへ・おしかけ」

「ここへ・おしよせ」

猛然と突入していった。

私には

そして関西の我らには!

邪悪な魔軍を打ち倒し

正義と真実に屈服せしむる

「信心の利剣」があるからだ。

敵さえも味方に変え

不可能の壁を破る

法華経の兵法」があるからだ。

ああ! 我らは打ち立てた。

永遠に崩れることなき

一万一千百十一世帯の折伏

歓喜と栄光の大金字塔を!

そして遂に

我らは勝ち取った。

「"まさか"が実現」と

日本中を驚嘆させた大勝利を!

苦楽を共に戦った

関西の あの友この友

そして

けなげな父母たちのことは

私の心から

永遠に離れることはない。

 常勝の

 大関西の

  母たちの

 勝ちゆく功徳は

  三世の果てまで

          (続く)

ブレヒトの言葉は石黒英男・内藤猛訳。トルストイの言葉は北御門二郎訳。

永遠の常勝関西を讃う 上〔完